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連載小説
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八 祝祷(しゅくとう)
  ささげまつる ものはすべて
  み手よりうけたる たまものなり

  みまえにいま かえしまつる
  みさかえのために もちいたまえ


 「がんばってね、みぎわくん」
 「おれまだやるって言ってませんよ」
 「だって他の役はもう決まっちゃったのよ。あとは天使とヨゼフだけなんだから」
 「そうそう。みぎわくんさえ受けてくれればすべてまるくおさまるんだから」

 例によって流佳と波奈が言いつのり、みぎわはひたすら逃げている。恒例化したようにさえ見える放課後の情景だ。
 「もうちょっと考えさせてください」
 「だってもう練習に入ってるのよ、みんな」
 ほかの生徒たちは観戦に徹している。

 そこへ、
 「お邪魔します」
 声とともに音楽室の扉が開いた。流佳が、
 「あ、水谷さん、よろしく」
 とあいさつした。みぎわも振りむく。幹が笑う。
 「こんにちは、みぎわくん」

 「幹さん。なんでここに」
 「なんでって、劇の伴奏ぼくの担当なんだけど」
 「あれ知りあいでしたっけ、おふたかた」
 流佳がたずねるのへ、
 「うん、こないだ礼拝堂で会ったから。天使役だってね」
 「まだ受けてもらってないんですよ」
 「へえ」
 「ほかにあてもないし、いま必死に口説いてんですけど」
 なかなかうんと言ってくれなくて、と流佳が笑う。
 そこへ、真琴がすいとみぎわの耳に顔をよせ、こそこそと聞いてくる。
 「みぎわってひそかに顔ひろくない」
 「なにがだよ」
 「羽根木さんとも訳ありげだったし、水谷さんのことも、『幹さん』なんて親しげ」
 「聞こえてるよ、真琴くん」
 幹が笑いをふくんだ調子で言う。
 「みぎわくんはね、クラスメートにはからかわれ、上級生にはおもちゃにされ、安住の地をもとめて礼拝堂に来るんだよ」
 「じゃあ水谷さん、カウンセラーですか」
 「そう、悩める青少年の」
 そのせりふに生徒らがふきだす。幹はおおげさな身ぶりで、
 「迷える子羊一頭のために、のこる九十九は野においてでも、ぼくは救けにゆきますよ」
 などと言う。

 「そんな無体なこと言ってるつもりはないんだけど」
 流佳はまったくわかっていないふうに、のんびりとした口調をくずさない。
 「じゅうぶん無体ですよ」
 「どこが」
 「みぎわくん歌えるのに」
 「歌はこのさい二のつぎですよ。あの衣装、あれなんとかしてくださいっ」
 「え、かわいいじゃない」
 波奈もいっしょになって、さらりと言いきる。
 「どこが。かんっぜん露出狂じゃないですか」
 「でも、そもそも天使ってうすもの一枚まとうだけなんじゃないの」
 「それをいったらオールヌードだよね」
 「だからっ。なんでページェントでストリップやるんですか」
 「ストリップはさすがに学校の許可がおりないと思うけど」
 そのとき、にこにこと見守っていた幹が口をはさんだ。
 「高良さん、もしかしてみぎわくんのことあおって遊んでるでしょう」
 流佳が答えて、
 「あ、わかります?」
 「まあ、気もちはわからなくもないけど。みぎわくんからかい甲斐あるから」
 「でしょう。おもしろいですよねリアクションが」
 「‥‥ちょっと」
 みぎわは頭をかかえる。そこへ波奈が、
 「現実問題として、みぎわくんが受けてくれないと羽根木さんも出演してくれないっていうのがあるのよね」
 それは初耳、と幹が目をむく。
 「そういう話があるんだ」
 「そうなんです。だから今日も羽根木さんいないでしょう。こっちの話が済むまで来てくれないって言ってて」
 だからなにがなんでもみぎわくんには天使をやってもらわないとこまるんですよ、と波奈が続ける。幹が、
 「え、でもどうして。羽根木さんってみぎわくんとそんなに仲よかったっけ」
 「っていうか、見たところ羽根木さんがみぎわのことかまっているようでしたけど。興味しんしんって感じで」
 真琴の答えに、へえ、と幹が目をほそめる。
 「羽根木さんに気にいられてるんだ、みぎわくん」
 みぎわは、幹が翠に惚れこんでいる、と言いきったことを思いだして、ちょっと身ぶるいした。こんなわけのわからない連中の色恋沙汰に、正直いって巻きこまれたくない。
 そのとき、流佳がすとんと、
 「ああ、羽根木さんのあれは、べつにみぎわくんがどうとかいうことじゃないと思いますけど」
 と言ってのけた。
 え、と、みぎわと幹が同時に声をあげる。

 「もう、いいよね」
 「うん。思ったより効果あがらなかったし」
 流佳と波奈がうなずきあう。わけがわからずにいるみぎわに、
 「種あかしするとね、さいしょ、私たち羽根木さんに天使役たのんだの」
 「え」
 「どういうことですか、それ」
 だからあ、と波奈がぽあんとしたようすで、
 「妖しい魅力でせまりたくて。でも、けんもほろろに断わられちゃって」
 電飾を頭に巻いた翠を想像して、みぎわはさらに頭が痛くなった。
 「それはさておき、それならってヨゼフふったの。でもそれもいやだって」
 男役やるとあのひと、かなりマジなファンレターもらってしまうんだそうで、と流佳が笑う。うなずいて波奈が続ける。
 「でも、どっちかやってもらうって言ったら、それならヨゼフやるって、まだましだからって。でもまだその時点で天使役きまってなかったから」
 「そしたら真琴が、みぎわくんがいいって言いだして」
 「じゃ諸悪の根源は真琴――」
 「あくまで一案として出しただけだって」
 笑いながら真琴が言う。
 「あ、でも私たちもちゃんとみぎわくんの顔みて声きいて決めたのよ。羽根木さんにも、ちゃんと役は決まったから安心してくれって」
 「一年の神崎みぎわって子が天使役に決まったから、羽根木さんにはもうぜったい天使役はゆかないから安心してくれって」
 それでやっと説得したんだ、と流佳が言う。
 「じゃあおれがどうとかういうことじゃなくって――」
 「羽根木さんにしてみれば、じぶん以外のだれかが天使をやるって確証がないかぎり、いつまたお鉢がまわってくるかわかんないってのがあったんだろうね」
 「なら、あんなまぎわらしい言いかた――」
 たしかにあの言いかたじゃ、神崎みぎわ本人に出演してほしいって言ったように聞こえるよ、と真琴がうなずく。

 なんだか気がぬけてしまった。
 「じゃあべつに羽根木さんは、おれ個人にうらみがあるとか――」
 「個人的にひとかたならぬ興味があるとかいうことはないと思うよ」
 みぎわくんのことも、それまで知っているようでもなかったし、と流佳は言う。
 「じゃあなんであんな思わせぶりな‥‥」
 「本人そのつもりはなかったと思うよ」
 あのひと特有のものの言いかた、たしかに誤解をまねきやすいところがあるよね。それに便乗したぼくたちもぼくたちだけど、と流佳は言う。みぎわくんが責任感じるかなにかして受けてくれればよし、って計算したのは事実だし。

 「ま、そういうこと。――で、みぎわくん」
 「きみしかいないのよ。天使役、おねがい。ね」
11/07/14 00:41更新 / blueblack
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