音楽家で教える人×教わる人の指攻め
「手が汚い!」
バシッと手首を打たれ、佑二は痛みに顔をしかめて奏(かなで)を恨めし気に見上げる。
「……ちゃんと洗ってるよ」
「ったり前だ馬鹿。洗ってねえ手で楽器に触らすかボケ。手のカタチが汚ねえっつってんだよ。指!」
「痛い痛い痛い!つねるなよっ!」
この年上の従兄弟は、綺麗な顔に似合わず言動がきつい。
今も佑二の手をハープから引きはがすと、遠慮なく手の甲を抓り上げて罵る。
「何度言やわかるんだ、親指と小指が上で後は下っつってんだろうが手前の耳は空洞か。コンクリ詰めて埋め立てっぞ。背筋!」
ゲシゲシ蹴りまで入れられ、佑二は(こんな筈じゃなかった……)と涙を浮かべた。
2週間前に遡る。
「奏、なあ何かいい隠し芸のネタないかな」
犬ッコロのような従兄弟の言葉に奏は読みかけの音楽雑誌から顔を上げた。ソファーにちょこんと座って、くりくりの丸い目で彼を見上げている。カラーリングに失敗して斑になった枝毛だらけの髪がうっとうしい。押さえ付けて一思いに切ってやりたくなる凶暴な衝動を押さえながら奏は聞いた。
「隠し芸?」
「うん」
「隠すどころか、まともな芸一つ持ってねえお前が?」
「うん……って、失礼な」
ムッと頬を膨らます。小学生のような態度に、苛め甲斐があるなあ、こいつ、と思いながら追い討ちをかけるのを忘れない。
「事実だろうが」
「っだからそれはもういいよ!隠し芸!クリスマス会で何かやれって言われてんだよ。何か突貫で出来そうな楽器ないかな?」
佑二は奏も通ったミッションスクールの2年生だ。学校では毎年クリスマス会があって、生徒が劇をしたりする。奏が在学していた頃は真面目な宗教的なイベントだったが、隠し芸とは最近は随分砕けた内容になってるようだ。それはまあ、佑二を見ても分る。馬鹿っぽさ丸出しの半端に染めた頭に左右合わせて5個のピアス。奏の頃は天然パーマだって証明書が必要だったのに。
「手前死ぬ程不器用だからな…」
「だから奏に頼んでんだろ!教えられないならいいよ。もう」
すぐ拗ねる。子供の頃から佑二は何かと奏にまとわり付いて苛められて、それでも懲りずに懐いてる。奏が意地悪になったのは、偏に苛め甲斐のある佑二がいつでも側にいたせいだと奏は思っている。佑二はそう思ってないだろうが。
「教えないとは言ってないだろ」
呆れ顔で言うと、佑二の目がキラッと光る。こいつが本当に犬だったら尻尾を千切れんばかりに振ってるところだ。
「教えてくれんの?だったら俺あれがいい。奏のオヤジさんがこないだ吹いてた奴。何てったっけ?何とかパイプ」
「バグパイプ?あー無理無理。お前にゃ無理だわ」
「えー?だって吹くだけだろ?」
「手前ピアニカだって吹けねえだろが。ありゃ更に操作が複雑だぞ」
「じゃあ何ならいける?言っとくけどピアノとかはダメだからな。そんな普通の楽器じゃなくて、もっとみんながアッと驚く奴じゃないと面白くないから」
「バイエルも終われなかった奴が偉そうに」
そう言いながらも奏の頭は忙しく回り始めていた。佑二にも引きこなせて、しかも周りがアッと驚くような楽器。
子供に奏なんて名前を付ける程音楽が好きな両親は、父親がバンドマンで母親が作曲家だ。おまけにコレクター趣味があって、お陰で家には色んな楽器がゴロゴロしている。考え込む奏に脳天気な声がかかる。
「じゃあさ、あの何かヘンな名前のギターみたいのは?」
「変な名前のギター?」
「うん。何だったかな、バラじゃなくて、バナナじゃなくて…」
「ああ、バラライカか」
「そうそう!バナナイカみたいな名前だなと思ってたんだ」
「手前つくづく馬鹿だな」
「覚えらんないもんしょうがないじゃん。でもあれじゃインパクト不足だよな。何かない?」
よく動く赤い唇を見詰めていた奏がその時ひらめいた。
「いい楽器があるぞ」
「えっ」
佑二がソファーの上でピョンと飛び上がる。反射的に手を出す。
「お手」
「ワン。……何させるんだよ」
「乗せられる手前が悪い。お代わり」
「ワン」
「チンチン」
「ワンワンワンっ。早く教えろよ」
伸び上がる佑二に飛びっ切りの笑顔で奏は言った。
「ハープ」
「ハープう?」
「だよ。あれならインパクトもあるしクリスマスらしいし最高だろ」
そんな訳で佑二はハープと格闘しているのだ。もちろん、フルサイズのハープなんか弾ける訳がないので、25弦のラップハープ。奏は鬼先生で、姿勢が悪いと容赦なく蹴りが襲う。
「姿勢と顔がよけりゃ音は5割り増し良く聞こえるもんなんだよ。第一誰も手前の音なんざ期待してねえんだからポーズでハッタリ決めやがれ」
「ひっでえ」
「当たり前だろうが。それとも何か。手前女共が恍惚の余り失禁するような音が出せるとでも思ってんのか」
「失…!」
年の割に幼い佑二がボッと耳まで赤くなる。
「出来ねえならグダグダ言ってねえでハッタリきかせてろ。違うだろ、指!」
また叩かれる!
恐怖に強ばった指を、しかしフワリと柔らかくて暖かいものが覆った。
「え…?」
奏が佑二の後ろから手を回して、手に手を添えて、繰り返す。
「手が固まってたら固い音しか出ねえんだよ。もっと柔らかく、やさしくしてやるんだよ。女の髪の毛触ってやるみたいな気持ちで、こう……」
サワサワと指が指を撫でる。奏は佑二より一回り大きいので、すっぽり包まれて両手を覆われて、まるで二人羽織りか操り人形だ。
背中が熱い。右肩から奏が色々言う、その都度耳に息がかかって、佑二は何故かドキドキし始めた。
「だからな、こうやって、優しくしてやんだよ。女と一緒なんだよ。楽器は優しくしてやればやる程いい音で歌うんだから」
歌うように奏が言いながら佑二の指を楽器のように操る。
指で指を触って、支えるように、撫でるように、手を包み、指の付け根を揉むように押さえて、関節をほぐすように触る。
「指に力入れ過ぎると、ここ攣るぞ」
耳元で囁かれて、中指と薬指との間をツウッ…と擽られて佑二の我慢が限界に達した。
「あ、あの、ごめん俺トイレ!」
ゾクッと背筋を駆け昇った何かに身体を震わせて、佑二は奏を振り払うようにトイレに駆け込んだ。
奏の顔を見るのが怖くて佑二はトイレから出て来て俯いたままハープに向かった。椅子に座ってハープに手を伸ばそうとすると、その手を掴まれた。
ドキッとして奏を見ると、無表情で言う。
「手、洗って来たんだろ」
トイレで何をしてたのか指摘されたような気がして、ビクビクッと身体を縮こめる。
「馬鹿、それは別に良いんだよ。手前の年は木の又にでも突っ込みたいお年頃って奴なんだから。そうじゃなくて手洗ったんなら冷えてんだろっての」
言いながら佑二の手を宝物を捧げ持つようにそっと両手で包み、ふーっと息を吹き掛けた。
「冷え切った手で楽器触ったって楽器も嫌がっていい音出してくれねえからな。ちょっとあっためてやる」
そう言うとマッサージを始めた。右手の小指から順に、指の一本一本を押し包むように揉んで、ツボをぐりぐり押して、ちょっと痛い位に揉まれる。それでも第二関節の横や、指の付け根のすぐ下をサラッと撫でられると、声が出そうに気持ち良い。
「気持ち良いだろ」
「うん…いい」
素直に言ってしまってからハッとして佑二は口を押さえる。奏は気にした風もなく、マッサージを続けながら言う。
「何で気持ち良いか分るか」
「な…何でって」
「何で俺がこうしてやってると、イキそうな顔で『イイ』って手前が言うか分るかって聞いてんだよ」
こうして、と言いながら奏は手首の内側から一本指で指の付け根までなぞり上げた。佑二は反射的に声を上げそうになって耳まで真っ赤になる。
「俺が優しいからだよ。優しくイかせようとしてやってっから、手前は堪えらんねえんだよ。楽器も一緒だよ。死ぬ程イイ思いさせてやる積もりで優しくイかせてやれ。そしたら楽器もいい声聞かせてくれる」
ふーっとまた息を吹き掛けてから、奏は佑二の指に唇を付けた。
ギクッとなって手を引こうとするが、ガッチリ掴まれて逃げられない。
キスするように、ちょっとだけ口を開けて、奏が舌先で佑二の指の平を軽く突く。
「あ、や、やめて奏っ」
「よし、あったまったな。……何泣きそうになってんだよ」
練習再開。とサラリと言う従兄弟を、佑二は潤んだ目で見上げる事しか出来なかった。
特訓の甲斐あってか、佑二のハープは飛躍的に上達した。というよりノルマをこなさないと奏にセクハラ紛いの特別講習を受けてしまうので死に物狂いに頑張った成果と言える。
そしてクリスマス会当日。佑二は楽屋代わりの教室で奏の魔の手から逃れようと無駄な抵抗をしていた。両脇をクラスメートにガシッと掴まれて逃げようが無いのに。
「聞いてない聞いてない聞いてない聞いてない〜!!!」
「言ってねえもん」
ニヤニヤ笑う奏の片手には純白のロングドレス。もう片手には化粧箱。
「まさかそのボサボサ頭でステージに出るつもりとは言わせん」
「だからって女の格好しなくても!」
「隠し芸なんだろ。それにハープったらドレスだろうが」
「嫌だあああああ!!!!!」
叫びも空しく、それから30分後クラスメートの喝采を浴びた佑二は、ロングドレスに身を包み、ステージメークを施され、おまけに頭は、奏のイライラの元だった枝毛がさっぱりカットされた上に、ホットカーラーでウエーブがかけられ、どこから見ても美少女以外の何者でもなかった。
バシッと手首を打たれ、佑二は痛みに顔をしかめて奏(かなで)を恨めし気に見上げる。
「……ちゃんと洗ってるよ」
「ったり前だ馬鹿。洗ってねえ手で楽器に触らすかボケ。手のカタチが汚ねえっつってんだよ。指!」
「痛い痛い痛い!つねるなよっ!」
この年上の従兄弟は、綺麗な顔に似合わず言動がきつい。
今も佑二の手をハープから引きはがすと、遠慮なく手の甲を抓り上げて罵る。
「何度言やわかるんだ、親指と小指が上で後は下っつってんだろうが手前の耳は空洞か。コンクリ詰めて埋め立てっぞ。背筋!」
ゲシゲシ蹴りまで入れられ、佑二は(こんな筈じゃなかった……)と涙を浮かべた。
2週間前に遡る。
「奏、なあ何かいい隠し芸のネタないかな」
犬ッコロのような従兄弟の言葉に奏は読みかけの音楽雑誌から顔を上げた。ソファーにちょこんと座って、くりくりの丸い目で彼を見上げている。カラーリングに失敗して斑になった枝毛だらけの髪がうっとうしい。押さえ付けて一思いに切ってやりたくなる凶暴な衝動を押さえながら奏は聞いた。
「隠し芸?」
「うん」
「隠すどころか、まともな芸一つ持ってねえお前が?」
「うん……って、失礼な」
ムッと頬を膨らます。小学生のような態度に、苛め甲斐があるなあ、こいつ、と思いながら追い討ちをかけるのを忘れない。
「事実だろうが」
「っだからそれはもういいよ!隠し芸!クリスマス会で何かやれって言われてんだよ。何か突貫で出来そうな楽器ないかな?」
佑二は奏も通ったミッションスクールの2年生だ。学校では毎年クリスマス会があって、生徒が劇をしたりする。奏が在学していた頃は真面目な宗教的なイベントだったが、隠し芸とは最近は随分砕けた内容になってるようだ。それはまあ、佑二を見ても分る。馬鹿っぽさ丸出しの半端に染めた頭に左右合わせて5個のピアス。奏の頃は天然パーマだって証明書が必要だったのに。
「手前死ぬ程不器用だからな…」
「だから奏に頼んでんだろ!教えられないならいいよ。もう」
すぐ拗ねる。子供の頃から佑二は何かと奏にまとわり付いて苛められて、それでも懲りずに懐いてる。奏が意地悪になったのは、偏に苛め甲斐のある佑二がいつでも側にいたせいだと奏は思っている。佑二はそう思ってないだろうが。
「教えないとは言ってないだろ」
呆れ顔で言うと、佑二の目がキラッと光る。こいつが本当に犬だったら尻尾を千切れんばかりに振ってるところだ。
「教えてくれんの?だったら俺あれがいい。奏のオヤジさんがこないだ吹いてた奴。何てったっけ?何とかパイプ」
「バグパイプ?あー無理無理。お前にゃ無理だわ」
「えー?だって吹くだけだろ?」
「手前ピアニカだって吹けねえだろが。ありゃ更に操作が複雑だぞ」
「じゃあ何ならいける?言っとくけどピアノとかはダメだからな。そんな普通の楽器じゃなくて、もっとみんながアッと驚く奴じゃないと面白くないから」
「バイエルも終われなかった奴が偉そうに」
そう言いながらも奏の頭は忙しく回り始めていた。佑二にも引きこなせて、しかも周りがアッと驚くような楽器。
子供に奏なんて名前を付ける程音楽が好きな両親は、父親がバンドマンで母親が作曲家だ。おまけにコレクター趣味があって、お陰で家には色んな楽器がゴロゴロしている。考え込む奏に脳天気な声がかかる。
「じゃあさ、あの何かヘンな名前のギターみたいのは?」
「変な名前のギター?」
「うん。何だったかな、バラじゃなくて、バナナじゃなくて…」
「ああ、バラライカか」
「そうそう!バナナイカみたいな名前だなと思ってたんだ」
「手前つくづく馬鹿だな」
「覚えらんないもんしょうがないじゃん。でもあれじゃインパクト不足だよな。何かない?」
よく動く赤い唇を見詰めていた奏がその時ひらめいた。
「いい楽器があるぞ」
「えっ」
佑二がソファーの上でピョンと飛び上がる。反射的に手を出す。
「お手」
「ワン。……何させるんだよ」
「乗せられる手前が悪い。お代わり」
「ワン」
「チンチン」
「ワンワンワンっ。早く教えろよ」
伸び上がる佑二に飛びっ切りの笑顔で奏は言った。
「ハープ」
「ハープう?」
「だよ。あれならインパクトもあるしクリスマスらしいし最高だろ」
そんな訳で佑二はハープと格闘しているのだ。もちろん、フルサイズのハープなんか弾ける訳がないので、25弦のラップハープ。奏は鬼先生で、姿勢が悪いと容赦なく蹴りが襲う。
「姿勢と顔がよけりゃ音は5割り増し良く聞こえるもんなんだよ。第一誰も手前の音なんざ期待してねえんだからポーズでハッタリ決めやがれ」
「ひっでえ」
「当たり前だろうが。それとも何か。手前女共が恍惚の余り失禁するような音が出せるとでも思ってんのか」
「失…!」
年の割に幼い佑二がボッと耳まで赤くなる。
「出来ねえならグダグダ言ってねえでハッタリきかせてろ。違うだろ、指!」
また叩かれる!
恐怖に強ばった指を、しかしフワリと柔らかくて暖かいものが覆った。
「え…?」
奏が佑二の後ろから手を回して、手に手を添えて、繰り返す。
「手が固まってたら固い音しか出ねえんだよ。もっと柔らかく、やさしくしてやるんだよ。女の髪の毛触ってやるみたいな気持ちで、こう……」
サワサワと指が指を撫でる。奏は佑二より一回り大きいので、すっぽり包まれて両手を覆われて、まるで二人羽織りか操り人形だ。
背中が熱い。右肩から奏が色々言う、その都度耳に息がかかって、佑二は何故かドキドキし始めた。
「だからな、こうやって、優しくしてやんだよ。女と一緒なんだよ。楽器は優しくしてやればやる程いい音で歌うんだから」
歌うように奏が言いながら佑二の指を楽器のように操る。
指で指を触って、支えるように、撫でるように、手を包み、指の付け根を揉むように押さえて、関節をほぐすように触る。
「指に力入れ過ぎると、ここ攣るぞ」
耳元で囁かれて、中指と薬指との間をツウッ…と擽られて佑二の我慢が限界に達した。
「あ、あの、ごめん俺トイレ!」
ゾクッと背筋を駆け昇った何かに身体を震わせて、佑二は奏を振り払うようにトイレに駆け込んだ。
奏の顔を見るのが怖くて佑二はトイレから出て来て俯いたままハープに向かった。椅子に座ってハープに手を伸ばそうとすると、その手を掴まれた。
ドキッとして奏を見ると、無表情で言う。
「手、洗って来たんだろ」
トイレで何をしてたのか指摘されたような気がして、ビクビクッと身体を縮こめる。
「馬鹿、それは別に良いんだよ。手前の年は木の又にでも突っ込みたいお年頃って奴なんだから。そうじゃなくて手洗ったんなら冷えてんだろっての」
言いながら佑二の手を宝物を捧げ持つようにそっと両手で包み、ふーっと息を吹き掛けた。
「冷え切った手で楽器触ったって楽器も嫌がっていい音出してくれねえからな。ちょっとあっためてやる」
そう言うとマッサージを始めた。右手の小指から順に、指の一本一本を押し包むように揉んで、ツボをぐりぐり押して、ちょっと痛い位に揉まれる。それでも第二関節の横や、指の付け根のすぐ下をサラッと撫でられると、声が出そうに気持ち良い。
「気持ち良いだろ」
「うん…いい」
素直に言ってしまってからハッとして佑二は口を押さえる。奏は気にした風もなく、マッサージを続けながら言う。
「何で気持ち良いか分るか」
「な…何でって」
「何で俺がこうしてやってると、イキそうな顔で『イイ』って手前が言うか分るかって聞いてんだよ」
こうして、と言いながら奏は手首の内側から一本指で指の付け根までなぞり上げた。佑二は反射的に声を上げそうになって耳まで真っ赤になる。
「俺が優しいからだよ。優しくイかせようとしてやってっから、手前は堪えらんねえんだよ。楽器も一緒だよ。死ぬ程イイ思いさせてやる積もりで優しくイかせてやれ。そしたら楽器もいい声聞かせてくれる」
ふーっとまた息を吹き掛けてから、奏は佑二の指に唇を付けた。
ギクッとなって手を引こうとするが、ガッチリ掴まれて逃げられない。
キスするように、ちょっとだけ口を開けて、奏が舌先で佑二の指の平を軽く突く。
「あ、や、やめて奏っ」
「よし、あったまったな。……何泣きそうになってんだよ」
練習再開。とサラリと言う従兄弟を、佑二は潤んだ目で見上げる事しか出来なかった。
特訓の甲斐あってか、佑二のハープは飛躍的に上達した。というよりノルマをこなさないと奏にセクハラ紛いの特別講習を受けてしまうので死に物狂いに頑張った成果と言える。
そしてクリスマス会当日。佑二は楽屋代わりの教室で奏の魔の手から逃れようと無駄な抵抗をしていた。両脇をクラスメートにガシッと掴まれて逃げようが無いのに。
「聞いてない聞いてない聞いてない聞いてない〜!!!」
「言ってねえもん」
ニヤニヤ笑う奏の片手には純白のロングドレス。もう片手には化粧箱。
「まさかそのボサボサ頭でステージに出るつもりとは言わせん」
「だからって女の格好しなくても!」
「隠し芸なんだろ。それにハープったらドレスだろうが」
「嫌だあああああ!!!!!」
叫びも空しく、それから30分後クラスメートの喝采を浴びた佑二は、ロングドレスに身を包み、ステージメークを施され、おまけに頭は、奏のイライラの元だった枝毛がさっぱりカットされた上に、ホットカーラーでウエーブがかけられ、どこから見ても美少女以外の何者でもなかった。
11/07/16 19:59更新 / blueblack