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読切小説
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誘い受
宗教家の朝は早い。
一光教の場合は御光様を新しい心で迎える為に、まだ暗いうちから掃除を始める。
御光様というのは要するに朝日の事だ。入り口に朝日が最初に差すように設計された
在光殿と呼ばれるお祈りの場所を徹底的に磨き上げる。
それほど広くはないが掃除機やモップを使わないので時間がかかる。
在光殿が綺麗になったら今度は身体を浄める。
どんなに寒い日でも冷たい水で行水して、それからお祈りが1時間位。
餓鬼の時は身体が弱かったのになあ。
それだけの事を一人でやってのける友人を横目に見ながら佐伯は感慨に耽る。
4代目見光様こと久保田泰明。佐伯の幼馴染みで今は新新興宗教「一光教」の教祖だ。
泰明の曾祖父がある日「御光様の声が聞こえる」と言い出して開祖して
今では30人前後の信者を抱える極小宗教団体。開教当時より人数が減ってるのが泣かせる。

宗教家は金がない。
世の中には壺や印鑑を売ったりしてがっぽり儲けてる宗教も山程あるだろうが
一光教には金はない。信者の殆どは良くて中流の下だし
そもそも一光教への御心、他の宗教で言うお布施や献金に相当する物だが
金以外の物にするように指導してるから
米や野菜や古着を貰う事はあっても在光殿の修復費にさえ困ってる。
事務所兼住居の離れも隙間風と雨漏りを直す金もない。
泰明も自分の食い扶持を稼ぐ為に働きに出ているが、
地元の学校の養護教諭で稼ぎはあまり良くない。
それでも泰明はいつもニコニコしている。
教祖様というより話を聞いてくれるお兄さんという感じだ。
だから信者の数は多くないが皆楽しそうだ。
一光教は毎週1回夕べの集いという集まりがある。
信者が集まってお祈りをしたり教祖の話を聞いたりする。
だからってその日以外教祖が自由かと言ったらそんなことない。
悩みがある信者が訪ねて来たり逆に教祖が病気の信者の家を訪問したりする。
泰明を見てると宗教家と言うよりボランティアのカウンセラーみたいだ。
「宗教ってのはそういうもんだろ」
人間がそれまでよりもうちょっとラクに生きられるようになればいいんだよ。
信者の1人を送り出してから泰明は笑って言った
今日来たのは学校に居場所がないと悩んでる高校生。
「変われば変わるもんだよな」
高校の頃の泰明を思い出しながら言う。拒食症気味でアナクロな銀縁眼鏡の
神経質そうな表情を隠そうともしないピリピリした餓鬼だった。
あの頃より太ったしおどけた丸眼鏡のせいもあって
今ではすっかり人当たりのいい兄さんだ。
「すっかりオトナ面しちゃって」
「お前こそ最近腹出てるぞ」
泰明が両親を亡くした時に佐伯はここに引っ越した。
アパートを追い出されたと嘘をついて。
泰明は家賃はどうしても受け取ってくれないので代わりに
一光教の事務を手伝う事で折り合いをつけて今では佐伯は一光教の幹部だ。
といっても泰明と佐伯以外は皆一般信者だが。
「で、お前は入信する気はないのか」
「あってたまるか」
「まあエリートサラリーマン様だもんな。悩みもないんだろうな」
身支度をしながら軽口を叩く。その言葉に傷付いた自分を押し隠して佐伯は笑う。
「そうとも。お前がいつ廃業しても食わせてやれるぜ」
一光教は特別な装束は着ない。
泰明も極普通のサマーニットで、上に白衣を羽織れば養護の先生、脱げば見光様だ。
今日泰明はこれから近所の爺さんを訪問する。
週2、3回行っては話を聞いたり身の回りの世話をしてたりしている。
宗教の話をするよりも相手の話し相手になって愚痴を聞く方が多い。

「今の子が、さあ」
眼鏡を押し上げながら泰明が言う。
「うん」
「けっこう可愛かったろ」
「ああ、そうだな」
碌に見てもいなかったのだが佐伯はそう答える。
「男性恐怖症みたいなんだよね。なまじ綺麗な顔してるせいでちやほやされすぎて、
外見だけで言い寄られすぎてて純粋な好意が理解できないらしい」
せつないね。
目を伏せて俯くと少しだけ昔の悲しい顔しかしなかった子供に戻る。
そんな泰明の姿に佐伯は放って置けないような気にさせられる。
「泰明」
「見光だよ。今は」
行って来る。
さらっと躱して泰明は出て行ってしまった。

宗教家の夜は遅い。
寝た後も電話一本で起こされる事もある。
夕方来た高校生の両親からの電話が2時過ぎにかかってきた。
風邪薬を大量に服用して病院に運ばれたという。
電話を受けた佐伯は隣の部屋の泰明を叩き起こして一緒に病院に駆け付けた。
いきなり父親に怒鳴り付けられた。
親は信者ではなかった。娘の部屋にあった電話番号を見付けて
男の声だったので不倫相手と思ったらしい。
誤解だと言ったのだが、宗教と言う事で余計にうさん臭く思われたようだ。
「申し訳ありません。相談を受けていながら」
泰明は病院の床に頭を擦り付けて謝った。
罵られ、金輪際娘に近付くなと言われて泰明はただ土下座していた。

あの娘、またやるだろうな。
自殺未遂が癖になる子がいる。
その子の問題の事もあるし親の問題の事もある。
思い込みで相手の話を聞かない父親と影の薄い母親と。
あの家で暮らすのは辛そうだ。
佐伯は自分達が子供の頃を思い出す。
泰明の両親はいい人達に見えたが泰明はいつも辛そうだった。
「仁」
押し黙っていた泰明がふいに口を開いた。
「どうした」
「仁」
苦しそうに佐伯の名前を呼ぶ。
泰明がこんな風に下の名前を呼ぶのは参っている時だけだ。
「どうした。泰明」
俺を見上げる顔は高校の頃の泰明だった。
何か言おうとするのだが言葉が見付からない。
ただ唇を震わせて寒空の下に立つ人のように自分で自分の体を抱いている。
「仁。俺・・・・」
言葉が出て来ない代わりに佐伯の名前を呼ぶ。
その響きに縋るように。
「何も言わなくていい」
佐伯は泰明を引き寄せる。
肩に凭れさせて両手を背中に回す。
子供の頃のようにぎゅっとしがみついて来る。
泰明の両親が事故死した時もそうだった。佐伯は一晩中泰明を抱いていてやった。
あの頃より体はでかくなったが、何も変わらない。
癖のある柔らかい髪も震える体も。
抱いている佐伯の胸が苦しくなるのも。
その唇に唇を押し付けたくなるのを我慢して佐伯は泰明を抱いてやっていた。

宗教家はタフでないとやっていけない。
あのまま佐伯の体に抱き付いて眠ってしまったはずの泰明は
朝佐伯が起きた時にはもう腕の中にいなかった。
在光殿の方から掃除している物音が聞こえる。
きっともういつもの泰明に戻っているだろう。
いつもそうだ。酷く落ち込んだ時だけ佐伯に頼るが
翌日には何もなかったようにケロッとして一光教教祖の顔を取り戻す。
座ったまま寝たせいで軋む関節だけが泰明が昨日腕の中にいた証だ。
佐伯は着替える為に立ち上がった。

朝目を覚ました時、佐伯はまだ眠っていた。
こうしていると年相応に見えないなと思いながら泰明は佐伯の顔をじっくり眺める。
佐伯は優しい。佐伯がいなかったら自分は教祖として
やっていけないと思った事が今までに何回もある。
じっと見上げた時に今までに何回か佐伯が物言いた気にしたり
昨日みたいに抱き付いた時に親みたいに抱いてくれる手が
もっと他の事をしたそうにする事があるのも泰明は知っている。
自分が佐伯を「仁」と名前で呼ぶと佐伯がぎゅっと拳を握り締めるのも知っている。
それが自分を抱こうとするのを自制しているせいなのも知っている。
長い付き合いだから。お互いの気持ちは充分過ぎる位分かっている。
毛布が落ちてたので肩にかけてやる。
そのついでに首にそっと手を回して、泰明は起きている時の佐伯には
決して言わないセリフを言った。
「好きだよ。お前になら抱かれてもいい位。でも」
泰明は佐伯の唇に軽くキスを落としてから立ち上がった。
「宗教家は狡猾くないとやってけないんだよね」
こっそり呟いて、泰明は在光殿に向かった。
11/07/16 20:02更新 / blueblack

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