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連載小説
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さくらいろ2
 あたしたちがおふろからあがると、かーさんととーさんはテレビをみていた。かーさんがふりかえって、ちゃーちゃんの足どりがふらついてるのをみて、どしたの、と声をかけてくる。

 「ん、ちょっとのぼせただけ」
 「ちゃーちゃんすぐのぼせるよね、あたし平気なのに」
 「よしか烏の行水だもん」

 あたしは冷蔵庫からレモネードのパックを出して、直接口をつけてごくごく飲む。

 「こら、ぎょうぎのわるい」

 かーさんのたしなめに、へへ、と笑ってグラスをふたつ出す。七分目までついだグラスを両手にリビングに向かおうとしたあたしのうしろから、うわずりかげんのちゃーちゃんの声がかかる。

 「よしか、宿題おわってないでしょ」
 「ん、なんかあったっけ」

 その合図にかーさんたちは気づいていない。
 宿題なんか、いつも学校でおわらせてるあたしたちの合図に。あたしたちが部屋に、あたしたちの巣にたてこもる合図に。明日の朝まで出てかない合図に。
 レモネードのグラスもって、あたしたちは階段をのぼる。

 勉強部屋兼寝室の二段ベッドに腰をおろして、レモネードをひとくち飲もうとするちゃーちゃんの手をつかんでグラスをとりあげる。サイドテーブルにグラスをおいて、かたわらの目薬をとる。ちゃーちゃんの肩がゆれる。あたしはさっさとじぶんの目に目薬をさして、それからちゃーちゃんに向きなおる。

 「おくすりの時間ですよ」

 って言うと、ちゃーちゃんはものすごくいやそうに顔をしかめる。
 いつもあたしを見あげる目は、かなしくなるくらいうるんでいるのに、じつはあたしたちふたりとも、まばたきの回数がすくないために目がかわきがちになる癖がある。ドライ・アイみたいなやつで、とくにテレビをみたり本を読んだりして根をつめていると、目がかわきすぎてしまう。それで、あたしたちはお医者に目薬をもたされている。ちゃーちゃんに目薬をさすのはあたしの役目。ちゃーちゃんはものすごいこわがりで、じぶんでは目薬ひとつさせないし、とげなんかが指にささったのもぬけない。そういうのはぜんぶ、あたしがやることになっている。
 ちゃーちゃんのあごをつかまえて上をむかせると、ごき、って音がしそうなくらいに固くなってるのがわかる。

 「緊張しすぎ」
 「だって」
 「いいかげんなれなよ」
 「なれらんない」

 ふるふると首をふるちゃーちゃんに、あたしは笑いをこらえかねる。それでもやっとかくごを決めたらしく、ちゃーちゃんは上をむいて、でもふるえる手が、ねまきがわりのあたしのゆかたのはしをつかんでいる。

 「息とめなくていいよ」
 「――だって」

 あたしの手がちゃーちゃんのほほにふれると、ぎくりとからだがこわばって、背がはねて逃げようとする。それをあたしはちゃーちゃんのひざに馬のりになるみたいにしてつかまえる。ちゃーちゃんは息をのんで、じっとあたしを見あげる。
 まるで、いまからあたしに殺されるみたいに。
 ちゃーちゃんのまぶたぐっとおしあげて、みがまえる隙をあたえずに点眼する。びくん、と、ほんとうに、まるで目を針で突かれでもしたように、ちゃーちゃんのからだがはねる。ちゃーちゃんの喉のおくで、んくっ、って、殺されたみたいなうめきまで聞こえるものだから、あんまりおかしくてかわいくて、思わず抱きしめてしまう。あたしの腕のなかで、ちゃーちゃんの吐息がだんだんしめってくる。これがあたしとおなじ姿かたちをしている生きものだってことが、ちゃーちゃんを目のまえにしても信じられない。だってあたし、こんなにかわいくない。

 「どーしてそんなにこわいかなあ」
 「知、らない――」
 「あー、声がうるうるしてる」

 それから、からだを離す。もう片方も目薬、ささないといけないから。おなじ手順で、おなじようにやさしくしたげるのに、やっぱりびくん、とからだがこわばって、あたしのゆかたのすそにぎりしめてる指に力がはいる。

 「はい、よくできました」

 言いながら背中をぽんぽんって叩いてあげると、ぎゅっとしがみついてくる。

 「胸どきどきしてる。かわいいなあ、おねーさま」
 「喉かわいた」

 うんとあたしはうなずいて、グラスの中身を口にふくんで、そのままちゃーちゃんにキスする。ちゃーちゃんの喉がひくりひくり動く。

 「おいしい?」
 「なんか‥‥なまぬるいのとつめたいのがまじって入ってきて‥‥」
 「いや?」
 「ううん、すっぱいのとあまいのと‥‥それからよしかの味と‥‥」

 ちゃーちゃんは目をふせがちに、でもキスしてほしがっている。

 「もっと飲みたい」

 もうひとくち、あたしからちゃーちゃんへ。さっきよりいくらか多いめに飲ませたげると、すこし苦しそうに、でもあたしの髪を両手でつかんで、ちゃーちゃんはもっとほしがる。あたしは、ベッドにちゃーちゃんをよこたえて、ゆかたの前をはだけながら、

 「ついいま汗ながしたとこなのにねっ、すきもの」

 って、耳に舌さしこむくらいのとこでささやく。ちゃーちゃんはあたしを見あげて、

 「あたしがすきものなら、よしかはえっち魔人だよ」

 って笑う。
 かーさんたちは一階で寝起きしていて、二階のあたしたちの立てる音は、話し声まではとどかない。それをいいことに、おふろ場にいるときよりちゃーちゃんはよくしゃべる。もちろんおしころした声でだけど。すごくいろっぽいかすれ声で、あたしにだけ聞かせる声で。

 「えっち」

 グラスが半分になるまで、あたしはちゃーちゃんに口うつしでレモネードを飲ませてやりながら、ちゃーちゃんの足のあいだにひざついて、右手をちゃーちゃんの肩にのせる。指を一本、肩のつけねから、すうっと、ひじの手前のとこまで、肌のいちばんやわらかいとこをたどると、ちゃーちゃんが首をふって逃げようとする。

 「あ、やだ‥‥そこ、っ、左だけ‥‥左だけ、ざわざわする‥‥」
 「そう?」

 ってあたしは軽くいなして、右手をほほから耳にすべらせる。熱い息。

 「もう汗でしめってきてる」

 なんのためのおふろだかね、って言いながら、あたしはちゃーちゃんの右耳のつけねにちゅって音たててキスをする。ここんとこに小さなほくろがあるのをあたしだけが見ることができる。あたしの耳にもおなじものがあるはずで、でもあたしはそれを見たことがない。鏡にうつしても、角度がわるくて見えない。ちゃーちゃんにも、じぶんの耳のほくろは見えない。
 そのほくろを、ちっちゃいころあたしはごみだと思ってひたすら爪でひっかいて、ちゃーちゃんの肌に傷つけて血を流させてしまったことがあった。
 いまはそんなことしない。ていねいに舐める。だってちゃーちゃん、そこも感じるから。そこさわってると、下もうるんでくるから。
 左手をおろして、ひらかせた足のあいだにすべらせる。そこはもうさっきから、汗なんかじゃないぬるんだものでべとべとになっているのをあたしは知っていて、そこのかたちを下からなぞりあげるみたいにして、とがってるとこで、とめる。ほんのすこしだけすりつけたそこは、もうすっかりふくらんで、指をおしかえしてくるくらいにはっきりしたかたちをとりはじめている。

 「や、あ‥‥ん、‥‥っ、あ、そこ‥‥いたい、っ」
 「いたい?」
 「いや、ちが‥‥」

 だんだん言ってることが支離滅裂になってきてる。いたいはずはなくて、だってあたしはほんとにかすめるくらいにごくやわらかくなでてるだけだから。ちゃーちゃんのあえぎは、いたいからじゃなくってものたりないからだって、あたしにはわかってる。

 ちゃーちゃんのからだがのけぞって、声がうわずって、ただそこに指あてがってるだけなのに、ひざのうえでにぎりしめられている両手が、こまかくふるえはじめてる。さっきまでレモネードの入ってたグラスをもってたせいでつめたくなった指さきが、ちゃーちゃんのからだのなかからにじんでくる熱とまじりあう。あたしは指をすこしだけ、じれったいくらいにすこしだけ動かして、先のとこに指のひらをすりつける。指紋のみぞを感じられるくらいのかすかさで。
 そうやって、くりかえしキスしながら、あたしは右手を汗のういてきた腰にあてがう。そうしないとちゃーちゃん、こんどこそ逃げそうになっているから。あ、とか、あん、とかの音だけ、あたしの肩に口をおしつけて、喉のおくでたてる音。それからちゃーちゃんのからだのいろんな水分とあたしの指とが、まじりあってまぜあってたてる音。

 あたしにペニスがあったら、きっとあたしはちゃーちゃんをペニスでもって犯した。近親相姦。でもあたしにはペニスがない。あたしはあたしの指をちゃーちゃんに入れることがあるけど、それはちゃーちゃんをよがらせるために、ちゃーちゃんのなかでうごめかしたりぬきさししたりするためのもので、ちゃーちゃんに声をあげさせるために、ちゃーちゃんのなかに何本まではいるか実験してみるためのもので、あたしの指はペニスじゃないから、ペニスにできることができなくて、ペニスにできないことができる。
 あたしの指がちゃーちゃんの中に入ってるとき、あたしは「濡れすぎててふやけちゃうよ」って言ったりしながら、ときおり、爪をのばしてちゃーちゃんのことひっかいて、からだじゅう傷だらけにしたくなる、そんな思いにとらわれることがある。もちろんしないけどそんなこと。でも指を一本だけいれて、ちゃーちゃんがべとべとに濡れてくるまでちゃーちゃんの中をいじくっていることがある。それが、あたしが指をぬくときに、いっしょになってとろりと流れでてくるまで、ちゃーちゃんのなかをこねまわしていることがある。ちゃーちゃんがものたりなさに腰をゆらしはじめてしまうのもかまわないで、指だけでちゃーちゃんの中をじっくり検分して、ひだのぐあいとか、たまってあふれそうになっているぬめりの熱さとか、そういうものをさぐっていると、ふと、ちゃーちゃんのからだの中にささっているほそい指をどれだけらんぼうにどの方向に動かしたらちゃーちゃんのからだを傷つけることができるだろうって考えてしまう。
 そうやってちゃーちゃんのからだをずたずたにしたら、そうしたらちゃーちゃんはあたしから離れてってしまうだろうかって考える。いまみたいにちゃーちゃんにいいことばっかりしたげてるから、ちゃーちゃんはいやがらない。けど、そうでなかったら、この、あたしとおんなじ顔とからだを持ってる生きものは、さっさとあたしから逃げて、ちゃんとやさしくしてくれるどこかべつのだれかのとこへ行ってしまうんだろうかって考える。いまはあたし、ちゃーちゃんをよがらせてるから、ちゃーちゃんは「やめて」って言いながらあたしにしがみついてくるけど、でも、そうでなかったら、「やめて」はほんとに「やめて」って意味にしかならないだろうかって考える。

 あたしとちゃーちゃんのからだは、もとはひとつの卵だった。あたしのからだのつくりはちゃーちゃんのからだのつくりといっしょ。あたしの指は太さも長さもちゃーちゃんの指といっしょ。ちゃーちゃんのヴァギナの熱さはあたしのあたしのヴァギナの熱さといっしょ。
 だから、ちゃーちゃんをいたぶりながらあたしも濡れてくる。あたしも、ちゃーちゃんにされてるみたいに、からだのおなじとこがおなじように反応する。ちゃーちゃんがよがり声をあげるたび、あたしも頭のうしろのほうで、かすれた声をあげているじぶんを知ってる。ちゃーちゃんの目ににじんでくる涙をくちびるで吸いとってやるたびに、ちゃーちゃんがからだをふるわせて息をのむ、そのときに、あたしも目尻に熱い舌を感じている。あたしも、ごくりと喉をならしてしまう。
 だからあたしはちゃーちゃんの反応をあたしの反応として感じる。
 そうして、ちゃーちゃんの思いとあたしの思いを重ねようと願う。

 「あ、ああ‥‥熱い‥‥よしか、よし‥‥」
 「うん」
 「は、な‥‥離さない、で‥‥よしか」

 もっときて。もっと近くに。ちゃーちゃんがこらえかねてあたしの首を抱く。からだをぴったりあわせようとして、でもふたりぶんのちっちゃな胸がぶつかりあって、それがちゃーちゃんの乳首を刺激してしまって、ちゃーちゃんはまた、あ、と細い声をたてる。あたしたちは長い長いキスをして、ちゃーちゃんは鼻をあたしの首にすりつけてくる。

 そうやって、あたしたちはいつも抱きあってねむる。ほとんどいつも、二段ベッドの下の段しかつかわないで、ぐったりしたまま、抱きあったままねむってしまう。ときどき目がさめると、暗がりにあいての肌のぬくみを確認して、キスしたり髪をすいたり、さらさらとからだをなでたりしながら、そうやってねむる。
11/07/13 12:27更新 / blueblack
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