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連載小説
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さくらいろ3
 ちゃーちゃんが朝いつも早く起きるのは、いつもほどよく運動して熟睡できるからだとあたしは思っている。いつも、家のなかのだれよりも早く起きて、さっさと身じたくをととのえはじめる。たいてい、ちゃーちゃんがごそごそしはじめるのであたしも目がさめる。もちろんそうでなけりゃ、たとえばかーさんが起こしにきたときに抱きあって寝てたりするのを見つかったりしたらしゃれになんないから、あたしにはありがたいんだけど。

 でもその朝、あたしはなぜだか起きられなかった。なんだかすごくいやらしい夢をみていて、夢のなかでひっきりなしにからだがびくびくはねて、ふるえて、苦しくて苦しいのに目があけられなかった。
 からだが、なぜだか背中一面が性感帯になってしまったみたいに、ふれるものすべてに感じていて、あたしは、息もつげないでいた。

 「よしか――よしか」

 あたしを呼ぶ声。なつかしい声。すぐ近くで聞こえている。あたしのほっぺたにふれる手のひら。そっと、やさしくなでる手のひら。

 「よしか、起きて。目あいて」

 そっと、やさしく呼ばれてあたしは目をあける。あたしをのぞきこんでいるちゃーちゃんの顔が、なんだかよくわからない表情をしてる。
 あたしは口をきこうとして、でも喉がかれていて声が出ない。息をすいこもうとしてかなわなくて、ひくっと喉が鳴る。ゆっくりつばを飲みこんで、それから起きあがろうとして、ちゃーちゃんの手があたしをおさえつけているのに気づく。それから、さっきまでの重苦しいうずきが、まだ消えていないのにも気づく。

 「ちゃーちゃ‥‥あ、っ」

 寝がえりを打とうとして、背中になにかがふれる。とたんに、ぞくぞくっとうずきがあたしのからだをかけあがって、あたしは声をあげそうになる。

 「な――なに、これ‥‥やだ、あんっ」
 「動かないほうが、いい、と思う。‥‥だいじょうぶ? ゆっくり、深呼吸して。‥‥できる?」

 さしのべられたちゃーちゃんの手にあたしはすがりついて、なんとか、からだのなかのあたしじゃないものを――なんだかわからないけれどあたしをあえがせるものをやりすごそうと、くらむ目をとじて息をつぐ。苦しい。苦しい、よすぎて。なにか、なにかがあたしの耳のうしろから背中一帯をおおっていて、それがあたしの性感をかきたてている。ようしゃなく、あたしを責めたてている。

 「ちゃーちゃん‥‥ちゃーちゃん、いや‥‥なに‥‥」
 「うん。よしか――」
 「‥‥え、ちゃーちゃんっ」

 いきなりちゃーちゃんがあたしの足のあいだに手をいれてくる。あたしはびくんとからだをはねさせる。そのうごきに、あたしをとらえているなにかが刺激されて、あたしはまた声をあげてしまう。ああん、っていうような、ふだんのあたしならぜったいあげないような声。まるであたしがあたしでなくなったような声におびえて、あたしはちゃーちゃんにすがりつく。ちゃーちゃんはあたしの髪をなでてくれる。そうして、もいちど手をすべらせる。指を、くっとまげる。あたしは息をのんで、からだをしならせる。

 「いっぺんいっちゃったほうがつらくないと思う‥‥ごめん、よしか。口ふさぐ」

 かーさんたち起きてくるとまずいから、ってちゃーちゃんは言って、あたしにキスしてくる。いつも夜にしかしない、いちばん濃いやつ。あたしの舌にからみついてくるちゃーちゃんの舌。それと同時に、ちゃーちゃんの指があたしのぬめりをすくう。あたしはこらえられなくて、ちゃーちゃんの舌に助けをもとめる。ぐっと喉を鳴らすあたしに、ちゃーちゃんもあたしの口のなか、深く入ってきて、あたしの舌のつけね、吐き気がしそうなくらいの奥までさぐってくる。でもそれもすごく、いい。ちゃーちゃんはあたしの唾液とあたしのうめき声を飲みこみながら、いきなりあたしに指を二本いれてきて、でもすっかりうるんでいるそこはするりとちゃーちゃんをうけいれて、あたしは腰をおしつけてしまう。あたしのあえぎはすべてちゃーちゃんにのみこまれて、はれてるんじゃないかと思うくらいに熱くなってるとこは、ちゃーちゃんの指にこすりたてられて、下からとめどもなくわいてくるいやらしいうずきと、ほとんど明るくなってきてる窓の外と、それからあたしのからだのなかで、ちゃーちゃんの指のたてるくちゃくちゃいう音に、あたしはすっかり翻弄されてしまって、声にならないあえぎはあたしのあたまの中でだけ、ゆるやかに、けれどたしかに音量をあげていって、いったいなにが起きたのか、なんであたしは朝っぱらからこんなにさかってしまってるのか、そんなことももう、よすぎるからだのふるえにすべてぬりかえられてしまって。

 「ん‥‥、ん、う、っ」

 あたしの喉の奥、声にならない声。
 もがいてもがいて、もがけばもがくほど、あたしはじぶんでじぶんをおいつめてる。からだがそのまま性感帯になってしまっているみたいに、ほんのわずかなうごきにも、あたしは感じてしまってる。それがなぜなのかわからないまま、あたしはちゃーちゃんのからだを抱いて、じぶんにひきよせる。ちゃーちゃんもあたしをぐっと抱いて――。
 その手が、あたしの背に、ふれた。
 あたしの背の――先の。

 「――っ!」

 そうして、あたしはまっ白な絶頂っていうのを、生まれてはじめて経験した。

 頭の上で、ちゃーちゃんがかーさんと話してるのが聞こえる。

 「うん、たぶんただの風邪だと思う。いいよ、私が看病するから、かーさんたちは会社いって」
 「そう?」

 視界がいっしゅん暗くなったのは、きっとかーさんがあたしの顔をのぞきこんだんだろう。髪にふれる指の感触。

 「夜中じゅうずっとうなされてて、いまやっと寝ついたとこだから」
 「それじゃあ、たのむわね。わるいけど今週は休めないのよ」
 「了解しましたってば。だいじょぶだよ」

 ぱたんとドアがとじて、ちゃーちゃんがあたしのほうにくる。あたしは、まだじくじくとからだのなかでうずいているものと戦ってる。それがなになのかわからないけど、色情狂にでもなったみたいに、あたしはまだじぶんのからだのなかの熱をもてあましてる。そんなあたしにちゃーちゃんは気づいてる。

 「えっと‥‥私にもよく状況のみこめてないんだけど‥‥」

 いいながらちゃーちゃんがあたしをおおっていたかけぶとんをはぐ。それだけのことに、あたしは刺激されてあえいでいる。からだをちぢこまらせるその動きにも、はあはあと息が荒くなっている。

 「あのね、よしか‥‥心あたりある? あ、声はまだあげちゃだめだよ。ゆっくり息ついて。まだかーさんたち、そのへんにいるかもだから」

 ちゃーちゃんがあたしの腰を、そっと――ほんとうにやさしく、そっとなでる。さわさわと、熱がさざめくみたいな感じがして、あたしはそのときになって、じぶんがなにも着ていないことに気づく。

 「‥‥ねまき、は?」
 「寝てるまに脱いじゃってたみたい。――苦しかったんだと思う」

 とぎれがちになってしまうあたしの声。腰をやさしくなでるちゃーちゃんの手。それが、上にあがってきて――。

 「あ、や、あっ、だめ‥‥っ」
 「やっぱり、感じるんだ」
 「やだっ、い、いや」
 「うん‥‥起きられる?」

 そう言ってちゃーちゃんは、すんなり手をおろしてくれた。腰のあたりまで。ほんとはそれも鈍い快感をつたえてきてたけど、さっきよりは楽になって、あたしは、しずかに息をつく。そっと、ちゃーちゃんの手にぎって、ささえてもらって、体をおこす。

 「立てる?」

 言われてあたしはからだをひねろうとして‥‥じぶんのからだにうらぎられる。ほんのわずかなうごきに、あたしはあえぎを止められない。それに、下半身の感覚がない。あたしが首をふると、ちゃーちゃんは、

 「泣かないでよ」

 って、あたしの目尻にキスして、それであたしはじぶんが涙をうかべていることを知る。だってなんで、こんなにどこもかしこもよくって、にぎりしめているちゃーちゃんの手に、また、もっとなぶってほしくなっているのか、まったくわからなくて。
 ふと、ちゃーちゃんがあたしの手をはずす。あたしはびくっとからだをかたくして、ちゃーちゃんを見あげる。
 ちゃーちゃんはあたしをなだめるようにほっぺたをすっとなでて、それからベッドをおりた。部屋のすみにおいてある姿見をもってきて、それをベッドのかたわらに置く。

 「見える、かな。よしかちょっと、からだひねってみて」

 ちゃーちゃんが言いながら、そっとあたしの腰を抱いてひきよせる。耳もとでささやく。

 「つらかったらこうしてていいから」

 そう言って、じぶんの首にあたしの手をまわさせる。あたしは、まださざめいている性感に熱い息をはきながら、ちゃーちゃんの首にかじりつくみたいにして、それでも、言われたとおりにそっとからだをくねらせる。

 「背中うつせる?」
 「ん、ふ‥‥っ」

 ああ、といやらしい吐息をそこいらじゅうにまきちらして、あたしはからだの感覚に耐えながら、背中を鏡にうつす。

 「これがね、原因だと思う」

 ちゃーちゃんのことばがあたしの耳に入ってくる。鏡のなかのそれが、あたしの目に入ってくる。

 あたしの背の、肩甲骨のあたりからのびているそれは、どう見ても、羽、としか呼びようのないかたちをしていた。一対の、肌色よりもっとあわい、けれど白とは呼べないいろのそれには、ごていねいに、うすい栗色の産毛のような毛皮がおおっていて、それがさわさわとゆれるたびに、あたしのからだもびくんびくんはねてしまう。
 そんなに大きくはない。あたしの肩から、せいぜいひじあたりまでの長さだ。あたしの肌の一部みたいに、なぜか違和感のないかたちに、かえってふしぎな感じがする。

 「たためる?」

 さっきはちいさくたたんであったんだけど、かーさんがいたときは。ちゃーちゃんにたずねれられて、あたしは、じぶんがそれに見とれていたことに気づいた。なぜだか赤くなってしまう。

 「わかんない、よ。これ‥‥なんなの」

 それは、半びらきのままふわりふわりとゆれている。あたしの手や足のように、はじめっからついているからだの一部みたいに、まったくあたりまえのものみたいに。

 「さあ‥‥ゆうべよしか、夜中にすっごい声あげて、びっくりしてとび起きたら、それ‥‥生えてて。で、さいしょなんかのじょうだんかと思って私、それつかんだの、はずそうと思って。そしたら――それ」

 さわっただけでよしか、何度も何度もいって‥‥、と言いながらちゃーちゃんも赤くなる。からだもいつもよりずっと敏感で、でも目はあかなくて、私、このままよしかが死んじゃうんじゃないかって思った。
 そう言ってちゃーちゃんがそっとあたしの背にふれようとして、あたしは、さっとからだをひく。やっぱり、こわくて。だって、そんなうごきひとつにも、あたしはやっぱり感じてしまう。さわさわと背でゆれる羽が、羽にあたる空気の分子のひとつひとつが、こらえられない痛みに似た苦しさを生んで、それがだんだんに快感にかわってく。じくじくとなにかがあたしのからだのなかで熱を生んでいて、その一部ははあたしの足のあいだからしみだしてきていて、一部が腰からうえにあがって、背中にひろがって羽の先に流れていっている。その、止めようにも止まらない熱い流れと、その流れが伝えてくるかゆみにも似た感覚に、あたしは両手でじぶんのからだを抱いてあえぐ。

 「なんでこんな――」

 そのあとはことばにならない。だって、だれにきっと答えをもっていない。あたしにだってわからないし、ちゃーちゃんにだってかーさんにだって説明できるはずがない。

 「よしか‥‥」

 よしか、きれい。
 ちゃーちゃんが言う。あたしは、そのことばになぜだか泣けてきて、でも泣くこともできないでいる。だって、なにがなんだかわからない。あたしのからだのなかで、ひっきりなしにざわついている熱が、すこしもしずまってくれない。
 むきだしの肌がつめたくなってきている。あたしがふるえると、ちゃーちゃんがそっと肩を抱いてくれた。ベッドのシーツをひっぱがして、それで、前からあたしのからだをおおってくれる。うしろにさわらないように、そっと。そうしてベッドにすわらせてくれる。あたしは、背がどこにもふれないように横むきにベッドに寝る。

 「つかれた? 寝る?」

 ちゃーちゃんにたずねられて、あたしは首をふる。ねむれない、こんなんじゃ。

 「ちがうよ、熱いの。熱い――もうずっと。たまんない。いってもいってもぜんぜん足りない。なんでか、あたしさっきからもっといきたくて、もっと、けさよりももっと――助けてよ」

 あたしはぼろぼろ泣いてしまって、ちゃーちゃんがぬぐってくれるよりももっとたくさん、どんどん涙をあふれさせてしまう。それは悲しみの涙じゃなくて、もっとずっと即物的な、動物的な欲求の涙だ。いつもはあたしがちゃーちゃんに流させている涙だ。いつもはあたしがちゃーちゃんをよくしてあげてるのに、そんなあたしはどこかへいってしまって、いまのあたしはちゃーちゃんに求めることしか知らないでいる。
 ちゃーちゃんがあたしにキスしてくれる。いくどもいくども。あたしもちゃーちゃんにキスをかえす。くりかえしくりかえし波はおそってきて、からだが熱くて、あたしの内腿でねばっているものはもうひざのあたりまでつたってきてるんじゃないかと思うくらい、あたしはじぶんがなにかいままでのじぶんではないものになっているのを感じながら、ああ、それでもいい、と思ってしまうくらい、その感覚に流されるままに声をあげている。
 あたしの背でぴくぴくゆらいでいるのは、羽のかたちをしたクリトリスなんじゃないかって思うくらい敏感すぎて、それにちゃーちゃんがふれてきただけで、あたしは立てつづけにかんだかい声をあげる。もう目をあけていられなくて、ちゃーちゃんのからだにしがみついて足からませて、もっときて、もっと近くにきてよ、と叫ぶ。
 あたしは腐っている。うちがわがきっとどろどろに溶けてしまっている。そして――あたしの羽。あたしの羽にいっぱいつまっているのはあたしの性感、それはきっと羽の生えた虫、あたしの羽のなかで、もっとこまかくはばたく、もっとちいさな羽。そのちいさな羽虫はあたしの羽を拠点にしてあたしのなかを飛びまわっている。そのたびにあたしが悶えるのなんかおかまいなしに。そうしてその羽虫があたしのからだのなかに卵を産みつけている。それがあたしのなかで孵って、蛆があたしのからだのなかで、ざわざわうごめいている。あたしのからだじゅう、それはひろがって、あたしの神経の一本一本に食いついてきている。
 あたしをやさしく抱いてくれる手が、ちゃーちゃんのしっとりした手が、あたしのからだの外からその蛆をどうにかしようとしてくれている、でもその手はあたしのからだのなかにまでとどかない。ちゃーちゃんの手があたしにふれて、からだの外側からその蛆にふれて、あたしはもどかしさにからだをくねらせている。

 「いい? よしか――苦しい?」
 「いい、すっごく、い‥‥あ、だめ、だ‥‥あ、やっ」

 あたしはくりかえしくりかえし、からだのなかの蛆に内側から食いつくされる。そのたびに生まれる熱にあたしは焼かれつづけている。たすけて、とあたしは汗ですべる手がちゃーちゃんの背からずりおちそうになるのがこわくて、力のはいらない手で、それでもちゃーちゃんに抱きつく。ふるえる指で。爪をたてて。キス。もっとキス。ちゃーちゃんのくちびるがあたしの口からいくらかの熱をすいとってくれて、かわりにちゃーちゃんのつめたい熱をあたしのからだのなかに送りこんでくれて、ちゃーちゃんの熱で蛆が何匹か殺される。そのほんのいっとき、あたしは息がつける。

 「よしか‥‥きれい。すっごいきれい」
 「あ、ああ、ちゃーちゃん‥‥あ、ん‥‥いい‥‥」
 「それに、すっごい敏感――この、羽。ねえ、これ‥‥」
 「い、や、ああっ、ちゃーちゃん‥‥っ」
 「だめだよ、よしか、こんないやらしいものむきだしにして‥‥こんな、だれでもさわれるようなとこに‥‥」

 ちゃーちゃんの声もかすれてる。あたしの羽。ほんとならだれにもさわらせない、ちゃーちゃん以外にはだれもふれさせない、あたしのいちばんいいところ。それをどうしてだかこんなふうにむきだしにして、そしてそれをいじられて、いいようになぶられて、それで喉をからしてる。
 いつもはあたしがちゃーちゃんのこといたぶってるのに、でもちゃーちゃんもあたしのからだのことはだれよりもよく知ってる。どこがいいか、どういいか。いちばんよくわかってる。それに、羽。あたしの羽はどこもかしこも敏感で、ちょっとさわられただけで、しびれに似た苦しい性感がわきあがる。

 あたしのいとしい、足りないかけら。もとはひとつの卵だった、もうひとりのあたし。だのに、なんで羽がはえないの? なんであたしひとりが、こんなにはずかしいことになってるの? なんで――?

 その答えをあたしはもっていない。そもそも、なんであたしに羽がはえたのかの答えをあたしがもっていない。
 あたしは、ちゃーちゃんの指とくちびると、それからちゃーちゃんの熱に羽をおしつける。そのたびに、あたしの内側で、あたしのなかで、あたしのからだのすみずみで、流れているなにかがあたしをうらぎる。いま、あたしにふれているこの指が、いつかは離れていってしまったら、あたしはじぶんでじぶんをなぐさめるしかないんだって、だからこの羽があれば、いくらでも好きなだけいけるよ、と頭のうしろのほうでなにかが叫ぶ。ほっといても、そこから生まれる虫があたしのからだのなかをうごきまわって、そのたびにあたしは、ほらいまも、いくらでも感じてしまっているんだから。だから、いまこの瞬間にちゃーちゃんがいなくても、あたしはシーツに羽をすりつけるだけで――ちがう、とあたしは答えようとして、でもそれはことばにならない。キス。またキス。ちゃーちゃんの味。ちゃーちゃんの熱。いつかは離れていってしまう、たとえばちゃーちゃんに恋人ができたら、いつまでもふたごのきょうだいにかまっていられなくなったら。ああ、でもいまは。ちゃーちゃんの手があたしのからだに。あたしの背にふれている。もっと。もっと強く。爪たてて。かきむしって。ひき裂いて。羽をひきちぎって、そうしたら、そこからどろりと流れでるから。溶けたあたしの中身と、それから蛆と。それから熱と。
 ぜんぶしぼり出してしまって。
 ちゃーちゃんの手がやさしい。キスがやさしい。あたしをふたつに裂いてくれない。あたしの背から羽をもぎとってくれない。ちゃーちゃんはあたしの死神になってくれない。ちゃーちゃんの手はあたしの皮膚をつきやぶってからだの内側にとどいてくれない。

 「よしか」
 「‥‥う‥‥く、ふ」
 「よしか、目あけて」

 ちゃーちゃんの声がやさしい。あたしは目をあけて、でも涙がぼろぼろこぼれて、ちゃーちゃんの顔も見えない。キス。こんどは目に。そのまましばらく目もとをあそぶちゃーちゃんのくちびるが、涙をなめとるよりもっと、あたしの流す涙の量のがおおい。
 ちゃーちゃんがあたしの耳にささやきこむ。

 「よしか‥‥いい?」
 「うん」

 うん。いいよ、すっごくいい。よすぎて、よすぎて涙がとまらない。

 「よしか‥‥羽、いい?」

 ちがう、羽じゃない、と言っているじぶんの声が、うわずりすぎててかすれすぎてて、それをちゃーちゃんが信じてないんじゃないかってあたしは思ってしまって、それでまた涙が出てくる。ちがうよ、羽がいいんじゃない。羽をちゃーちゃんがさわってるから。羽をちゃーちゃんが見てるから。だからこんなにいい。だからこんなにこらえられない涙と汗と、それから声が、いくらでもあたしのなかからわいて出てくる。ちゃーちゃんがふれるから。ちゃーちゃんの手がふれるたびに、あたしのなかの蛆がぞわりぞわりと身じろぐから。蛆を殺すちゃーちゃんの手があたしの上で動くたびに、それから逃げようとする蛆の動きに、あたしは感じている。いままでにないほどに。
 それはおわらない。いつまでたっても。いくどいっても、そのさきがある。

 「ちゃーちゃん」
 「よしか」
 「ちゃーちゃん、いい、いいよ‥‥ちゃーちゃん」

 もう、ほかのことばが出てこない。意味のあることばが出てこない。どろどろの性感が、あたしのなかの虫が、あたしをぜんぶ食いつくして、あたしはただ感じることしかできない。もう、ことばも口にすることができない。

 ちゃーちゃん。
11/07/13 12:27更新 / blueblack
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