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読切小説
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おおきな木(原作 シェル・シルヴァスタイン)
 そのおおきな木は、果樹園のはずれにありました。いつごろ植えられたものか、なぜほかの木からはなれたところに植えられたのか、かれ自身おぼえてはいないくらい昔から、ずっとひとりきり、果樹園ととなりの農家のちょうど境くらいのところで、季節の風に吹かれ、葉をそよがせ実をならせておりました。
 果樹園の主人はいつもいそがしく働いておりましたが、おおきな木のことは忘れてでもいるのか、枝を払うときも肥料をやるときも実をもぐときも、おおきな木のところまで来ることはありませんでしたので、おおきな木はいつも、ひとりで枝をのばし、ひとりで実を赤くし、ひとりでその実をおとし自らの肥料としておりました。
 農家にはふたりの子がおりました。愛らしい顔立ちの姉と弟で、いつもいっしょにおりました。仲のいいきょうだいらしく、いつもいっしょにあそんでおりました。子どもの高くすんだ声が風にのり、おおきな木のいるところまでとどくと、おおきな木は葉をゆらせ、枝をのばして子どもの声にあわせ、さわさわと歌うのでした。
 ときには姉が弟の手をとっておおきな木のほどちかくまで来ることもありましたが、農家と果樹園の境には子らの背よりたかい木の柵がありましたから、おおきな木がいくら枝をのばしてもふたりにふれることはかなわず、ただ柵のむこうで二対の目がじっとこちらを見ているのを感じるばかりでした。
 おおきな木はしあわせでした。

 ある夜、おおきな木が風に枝をふるわせ葉をゆらしていると、その風のなかに子どものひそやかなささやき声がまじって聞こえてきました。農家のきょうだいの、どうやら弟のようです。月もほとんど雲にかくされている夜の、草や木が風にかるい音をたてるばかりの闇のなかを、その声はだんだんちかづいて来るのです。

 ――こんばんは。

 とつぜん、おおきな木のすぐ目のまえに、ちいさな子どもの顔があらわれました。月のようにしろい顔が柵のむこうで笑っています。よいしょ、とかけ声をかけて子どもは柵をくぐって、おおきな木の根もとに腰をおろしました。ちいさな手でかれの幹にふれて、にっこりほほえみました。
 見あげてくるちいさな顔の、ほおにちいさな傷があるのに大きな木は気づいてたずねました。

 ――ぼうや、どうしたね。ほっぺたにけがをしているよ。

 ――ああ、来るとちゅうで転んじゃったんだ。

 いたくないかね、と木は子どものほおに葉でやさしくふれました。子どもはくすぐったそうに首をすくめ、ふふっと笑って、へいきだよ、と言いました。

 ――おねえちゃんには内緒だよ。ぼくがここにきたこと。

 ――どうしてだね。

 ――だって、ひとん家にかってに入ったらいけないって言われたもの。

 おおきな木が枝をひろげて、ゆりかごのように子どものからだをつつんでやると、子どもはゆったりとからだをあずけ、猫の子のようにうっとり目をとじて、さらさらと鳴る葉に顔をすりよせながら言いました。

 ――だからね、このことはひみつだよ。

 ――秘密にしていてくれたらまた来てくれるかね。

 おおきな木が子どものからだをゆすりあげると、子どもは息をはずませてうなずきました。

 ――また、来るよ。だからね、ふたりだけのひみつにしようね。


 つぎの日の昼すぎ、姉が弟をつれて柵のところまでやってきました。そのときふわっと風がふいたので、おおきな木はたわむれに葉を一枚飛ばし、そのほおの傷をすっとなでてやりました。弟はおおきな木を見あげ、にこっと笑いました。
 その晩もつぎの晩も、弟はみなが寝しずまったころにこっそりと家を抜けだしておおきな木のもとにやってきました。おおきな木が枝をのべるとちいさな体をあずけ、その幹にのぼり、その実をもいで食べ、その葉をあつめて冠をつくってあそびました。おおきな木の枝のなかでうとうとする子どもに、おおきな木がその葉で体をくすぐってやると、子どもは身をよじらせてくすくす笑うのでした。
 おおきな木はしあわせでした。

 きょうだいとおおきな木は、そうやってすぎゆく時をそれぞれに感じておりました。

 ある日、姉がひとりで柵のところまでやってきました。風に長い髪をあそばせながら、しばらく柵にもたれていました。おおきな木は、おりから吹いてきた風に葉を一枚のせて姉のほうへ飛ばしましたが、それがとどかないうちに姉は身をひるがえして、来た道をもどってゆきました。
 それからしばらくしたある日、弟がひとりでおおきな木のもとにやってきました。夜のように柵を越えようとはせず、かれはぼんやりと木をながめておりました。

 ――ぼうや、どうしたね。さあおいで、わたしの枝につかまりなさい。わたしの葉でおまえをくすぐってやろう。わたしの実を食べなさい。わたしの幹で体をやすませてやろう。

 ――ぼく、もうぼうやじゃないよ。

 かれはそう言って、柵を越えようとはしませんでした。おおきな木がなんと答えたものか考えていると、

 ――おねえちゃんが結婚するんだ。結婚して町へ行ってしまうんだ。

 ――そうかね。それはめでたいことだ。わたしの葉をあつめなさい。冠をつくってあの子の頭にかぶせておやり。わたしの緑の葉はしあわせをはこぶというから。

 それを聞くと、かつてちいさな子だった少年は柵をくぐり、やっとおおきな木のもとへやってきました。ぴたりと幹に手をあてる、その指の長くなっていることにおおきな木はおどろきました。いつまでもちいさな子だと思っていたのに、幹をゆさぶるその腕は、いつのまにかずいぶんと力づよくなっていたのです。
 たくさんの葉が落ち、少年はそれをあつめて冠をつくりました。子どものころつくったのより、ずっときれいに作れるようになったものだとおおきな木は感心しました。それを手に、少年は家へもどってゆきました。
 おおきな木はしあわせでした。

 けれどそれから長いこと、少年がおおきな木のもとをおとずれることはなく、おおきな木はひとりきりでした。風に枝をゆすられながら、おおきな木は少年を思って葉をふるわせました。


 少年が来なくなってどのくらいになるのか、おおきな木はぼんやりと考えながら、たわわにみのった実が色づいているのを感じていました。いまにも落ちようとしている実をもいでくれるちいさな手がなくなってから、おおきな木はその実をときおり飛んでくる鳥たちにつつかれるのにまかせるようになっていました。
 ある日、おおきな木が風に枝ををゆらせていると、足音がかれのもとに近づいてきました。あの子どもの足音だとおおきな木にはすぐわかりました。

 ――おお、なつかしい、ぼうやじゃないか。いったいどこに行っていたんだね。

 ――もう、ぼうやじゃないよ。

 その声は、もうすっかり声がわりをすませた青年のものになっていましたが、おおきな木はそのことには気づかず呼びかけました。

 ――さあおいで、わたしの枝につかまりなさい。わたしの葉でおまえをくすぐってやろう。わたしの実を食べなさい。わたしの幹で体をやすませてやろう。

 ――もう、木のぼりなんかする歳じゃないよ。

 青年はつまらなそうに答えました。

 ――ぼく、町であそびたいんだ。そのためにはお金がいるんだよ。

 ――そうかね。それならわたしの実をあつめなさい。すきなだけもいでいって町で売りなさい。わたしの実はいいお金になるというから。

 それを聞くと、かつてちいさな子だった青年は柵をひょいと飛びこえ、おおきな木のもとへやってきました。そのからだはいつのまにかずいぶんしっかりしていて、これなららくらくのぼって実をもぐことができるだろうとおおきな木は考えました。けれど青年は木にのぼろうとはせず、おおきくなった手でおおきな木の幹をがっちりとつかみ、力まかせにゆさぶりました。幹がかしぎ、枝がしなり、葉も実も落ちてあっというまに青年の足もとに小さな山をつくりました。青年はそのうちから傷のついていない実をえらびとり、どこかへ持ってゆきました。根のほうにのこった傷のある実をみながら、おおきな木は、これが肥料になって、わたしはこれからも広く枝をはり陽の光をいっぱいに受けて、よりおおくの実をつけることができるだろうと思いました。あの子がまたもどってきたら、より赤く色づいた実をやることができると考えて、おおきな木はうっとりしていました。
 おおきな木はしあわせでした。

 けれどそれから長いこと、青年がおおきな木のもとをおとずれることはありませんでした。おおきな木は長いことひとりきりで風に枝をゆすられていました。


 青年が来なくなってどのくらいになるのか、おおきな木はぼんやりと考えていました。冬ごもりのしたくをする動物たちをみながら、最後にかれをみたのはたしかわたしの実が熟していたころだった、あれからいくどわたしは実をつけただろう、と今年の分の実をすべて落としたおおきな木は考えていました。

 おおきな木がすっかりつやをうしなった葉を風に散らして冬をむかえるしたくをしているころ、するどく鳴る風のなかにあのなつかしい足音がきこえました。それはたしかにかれのもとへ近づいていました。
 おおきな木は風にさからうように枝をひろげ、呼びかけました。

 ――おお、ぼうや。どうしていたね。おいで、わたしの枝につかまりなさい。わたしの葉でおまえをくすぐってやろう。わたしの実を食べなさい。わたしの幹で体をやすませてやろう。

 ――木のぼりなんかしているひまはないんだ。

 腕も首も太くなり、声も深くなっていた男は肩をすくめました。

 ――いいかげん身を固める歳だからね、家がいるんだよ。嫁さんをもらって、子どももほしいし。ああ、女の子と男の子ひとりづつがいいな。

 ――わたしにはおまえに奥さんはやれない。子どももやれない。

 おおきな木は散ってゆく葉を男にぶつけないように風にたのみながら答えました。

 ――けれど、家ならやれる。わたしの枝を切ってゆきなさい。すきなだけもっていって家を建てるといい。わたしの枝は強くて虫がつきにくいというから。

 それを聞くと、かつてちいさな子だった男はいったんどこかへ行ってしまいました。もう来てはくれないのだろうかとおおきな木が悲しんでいると、男は梯子と鋸とをもってもどってきました。柵をよいしょと乗りこえて、おおきな木のもとへやってくると、幹をぴたぴたと叩いて、りっぱな枝をえらんで鋸を引きはじめました。男の力づよい腕に枝を折りとられながら、これでもう実をつけることはかなわないが、わたしの枝が家になって、かれとかれの家族をあたためることができるのなら、それがいちばんいいことだとおおきな木は思いました。
 おおきな木はしあわせでした。

 そうして、それから長いあいだ、とても長いあいだおおきな木はひとりきりでした。実をつけることのなくなった木に鳥や野鼠が来ることもなくなり、風が吹いてもあそばせる葉や枝もなく、おおきな木はただひとり、じっと立っているばかりでした。
 そうしてやっと、ある秋の日暮れのころ、おおきな木のもとをおとずれるものがありました。

 ――おお、ぼうや、おいで、もっと近くへ。むかしのようにゆっくりあそんでおいで。

 ――あんたの申し出はありがたいがね、悲しいことがありすぎて、むかしみたいに無邪気にあそぼうって気にはなれないよ。

 かれはそう言って、柵においた手にあごをのせると、ふかいため息をつきました。

 ――私ももう歳だし、どこか遠くへ行っちまいたいね、そうさな、舟にでも乗って、だれも私のことをしらないところへ行きたいな、ここには悲しい思い出しかない。

 ――‥‥そうかね。ではわたしを切りたおしなさい。そうして舟をつくるがいい。そうしておまえはおまえの行きたいところへお行き。そうして‥‥しあわせにおなり。

 そうしてかれはおおきな木を切りたおしました。そうして舟をつくって行ってしまいました。
 おおきな木はしあわせでした。
 しあわせだ、と思っていようとしました。

 そうして、それからいくども季節がめぐり、長い時間がすぎました。もう切株だけになってしまったおおきな木が、もう、とおくへ行ってしまった子のことを考えるのはやめようと思いながら日々を送っていたある日、柵のむこうにひとりの老人が立っていました。老人はゆっくり柵をくぐり、切株のまえに立ちました。

 ――おお、ぼうや。来てくれたのかい。うれしいよ。うれしいことだが、わたしにはもうなにもおまえにやれるものはないんだ。

 切株はそう言いましたが、老人は答えません。

 ――わたしはもう実をつけることもできない。

 切株が言うと、老人はうつむいてつぶやきました。

 ――わしの歯ではあんたの実をかじることなど、もうできまいよ。

 ――わたしにはもう枝もない、おまえをゆさぶって、あそんでやることももうできない。

 ――枝にぶらさがって遊ぶことができたのは子どものころのことさ。

 ――わたしにはもう幹もない。おまえがのぼってあそぶこともできない。

 ――わしはもう疲れてしまって、木のぼりなぞできないよ。

 ――ほんとうにすまない。なにか、わたしにできることがあればいいんだが‥‥もう、ほんとうになにも、わたしには残っていないんだよ。わたしは、もう、ただの古ぼけた切株でしかない。ほんとうに、わたしにできることならなんでもしてやりたいが。

 ――この歳になると、ほしいものもそう多くはないよ。

 老人はうっすらと笑いました。

 ――ただ、そうさね。しずかなところでゆったりと体をおちつけることができれば、それでいい。わしはもう疲れてしまったからね。ただ座って、やすみたいんだ。

 ――おお、おお、ぼうや。

 切株はせいいっぱいしゃんと立って言いました。

 ――それならば、わたしのような古い切株が役に立とうよ。さあおいで、わたしに座りなさい。ゆっくり休むがいい。

 そこで老人は切株に腰をおろしました。
 かれらは、しあわせでした。
11/07/16 20:14更新 / blueblack

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