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連載小説
[TOP][目次]
羽(抄)
 わたしの育てる羽は評判がいい。大きく光沢があって持ち重りがする、直接取引がほとんどであまり市場に出ることはないが、そこらの栽培人が卸しているものの倍の値がつく。とれる羽がいいだけでなく、苗床のもちもいい。苗床は羽を刈り取るときにひどく消耗するから、ふつう、ひとりの苗床からとれるのはせいぜい三対、それ以上は植えてもつかないことが多いし、ついても枯枝のような羽しか育たない、けれどわたしの飼っている苗床からはすくなくとも五、六対、いままでいちばん長もちした苗床からは九対とれて、十対めの苗を植えたところだ。
 この仕事はわたしに向いているのだろう。父からゆずりうけたちいさな城の塔を作りかえて苗床のための室(むろ)にしている。そこに苗床を、いまは五人おいている。
 室の温度はすこし汗ばむくらい、苗床には服を着せないから、それくらいがちょうどいい。栽培人のなかには室の空調をろくにしないで苗床に毛布をかけたりしてごまかす者もあるという。そんなやりかたではろくな羽が育たないだろうに。室はあたたかく、そして苗床がじゅうぶんにうごきまわれるくらいに広くなければいけない、そしてときどきは光のもとに出してやらなければいけない。もちろん光が強すぎると苗床が灼けて羽までくろずんでしまうことがあるからひかえめに、けれどすみずみまで光にあててやらなければ、白いばかりでろくにはばたかない、よわい羽になってしまう。
 そしてなにより、苗床にはたっぷりの愛情をそそいでやらなければいけない。
 室はふだんはうすぐらくしている。わたしが足をふみいれると、五人いた苗床がいっせいに頭をもたげてこちらを見る。ほほえみをうかべるものもある。
 苗床には知性はないという。そうなのだろうか。苗床を教育しようなどと考えるものは――人の子にするのとおなじような意味で、ことばをおぼえさせたりしようと考えるものは――いないので、だれもほんとうのところを知らない。わたしも、苗床にものをおしえたりはしない。餌の時間をおしえこんで、じぶんから餌をとるようにしつける栽培人もいるというが、わたしはそれをしない。苗床には時間をきめずに餌をやる、ひとりひとりかならずわたしの手からたべさせる。餌のありかもおしえることはない。
 苗床は、みためには人とかわらない。すこしばかりからだつきがきゃしゃではあるが、それはあまり運動をさせないからだろう。苗床のからだは羽を育てるためにあるもので、じぶんから歩いたり走ったり、ましてものごとを学んだりするためにあるものではない。羽がつよくうつくしく育つために足りるだけ、それだけの運動しか必要ではない。わたしの育てる苗床は、じぶんからはあまりからだをうごかさない。じっとこちらを見つめて、わたしがすべてをしてくれるのを待っている。
 いちばん奥の、いちばん年かさの苗床は、それでもわたしにくらべれば、からだはひとまわり以上もちいさい。手足の細さは、とてもからだをささえられないほどだ。やわらかな巻毛を肩でゆらしている苗床がわたしをみとめ、ほほえんだように見えた。ほかの苗床たちの頭や肩をなでてやりながらそれに近づくと、ねがえりをうって背中をさらす。その背には、十日まえに植えた羽の苗が、指一本ぶん顔をだしてやわらかくひらきかけている。羽をわたしのほうへ向ける。うなじに指をふれて、すっとなでおろしてやると、うっとりと目をとじる。うなじから首へ、首から背へ、そして背から首をなであげてやる、苗床がぶるっとふるえて、ほうっとためいきをつく、猫であれば喉でもならしているところだ。もういちど指をすべらせて、背から肩甲骨へ、そこへ咲いているちいさな羽のりんかくをなぞる。
 羽は白。
 白い花が咲くように、苗床の背に咲くやわらかな花びらのような白い羽。そのからだから養分を吸いとって咲く、きれいな白い羽。きっとそれで空をとぶことはできない、けれど、だからこそ、とてもきれいな白い羽だ。
 わたしはもうひとりの苗床のほうへゆき、その背をしらべる。黒い長い髪を背に流して、異国の人形のような深いみどりの目をおよがせているその苗床の羽は、もうすぐ収穫の季節だ。恋人の髪をなぶるようにやさしく苗床の羽をひろげさせ、わたしは一本一本つやをしらべる。あかり取りのほうへからだをむけさせ、淡くさしこんでくる月の光にあててやり、羽が光をうけてふわり、ひろがるのを見る。呼吸にあわせて、ゆらりゆらり、水底の藻のようにゆれるその輝きのぐあいをしらべて、折れまがっているものがあれば向きをととのえ、成長のわるい、つやのない羽毛があれば、つけねに手をそえて、そうっと引きぬく。そのときにはやはりわずかに痛みをおぼえるのか、ぴくりと首が緊張する、そのからだをなでてやる。毎日毎日くりかえす、やさしい羽を育ててやるにはとくべつな餌も高価な薬も必要ない、ただ、ひとりひとりの苗床にどれほどの時間をかけてやれるか、それだけのことだ。
 わたしは餌盆をかかげてみせる。苗床が顔をあげるのをみて、餌盆をかたわらに置いて苗床のくちびるに指をもぐらせると、母の乳をさぐるしぐさでわたしの指にすいついてくる。しばらくそうさせておきながら、もうかたほうの手で背中をさすってやる。ちゅ、ちゅ、と苗床の舌のたてる音が室にひびく。ほかの苗床は、こちらを見ているものもあり、うとうととまどろんでいるものもある。
 苗床の上半身を起こさせ腰に手をそえてやると、わたしの両腕を首にまわして、すがりつくようによりかかってくる、そのからだを抱きあげて湯殿へ向かう。ひとりひとり、ていねいにわたしは湯浴みをさせる。湯と香料と髪油、そのほかにはなにも使わない。苗床には運動をさせないから、からだがよごれることもそうないから、湯をかけて絹でこするだけで足りる。からだのすみずみまで清めてやり香料をすりこんでやり、髪にも油をすりこんでやり、羽だけでなく、わたしは苗床のからだもとても時間をかけて世話をする。苗床に栄養がゆきわたっていなければ、どうしていい羽が育つだろう。苗床がよく育てば、そのからだから栄養を吸って咲く羽も、よりおおきく、より白く育つ。
 わたしの苗床はどれもこれも、ほかの栽培人のものより長く生きる。わたしのやりかたは手間がかかっているように見えるらしいが、苗床を粗末に扱って交配させる間もなくすぐに死なせてしまえば、また新しい苗床を仕入れなければならなくなって結局は高くついてしまう。わたしの苗床と交配させたがる栽培人もいるが、わたしの苗床がとくべつにじょうぶなわけではない、そのことを理解していない栽培人はすくなくない。そもそも苗床は改良種だから、それほど種類があるわけでもない。しろい羽の育てるのに適した苗床は二種しかない、わたしが仕入れているのはそのうちの安いほうだ。だからもともとの品質は一定していない、目の色も髪の色も、それに体型もさまざまだ。それぞれの苗床にあった餌をあたえてやり、運動量を計算し、手をかけてやれば手をかけただけ苗床は応えてくれる、その羽はおおきく、うつくしく育つ。
 きょうの餌は市場で買ってきた初物の紅の実(こうのみ)と摘みたての緑菜、そして凍葉(こおりは)の白糖漬、水流蔓(みおのかずら)の新芽と鈴豆(すずまめ)の炊きあわせ、ほろにがい新芽も火を通すとふっくらした味になる、おさない苗床には食べやすいように溜まり蜜をかけてやる。
 苗床には季節のものをちゃんと食べさせる。肉はあまりやらない、それより野菜と穀類、それに糖分をたっぷり摂らせる。
 餌盆のまえに敷布をかさねて座台を置き、わたしはそこまで苗床を抱いてはこんでやる、そうっとおろして座台に背をあずけさせ、髪をゆるくまとめてうしろに流してやる。つやのある長い髪は、いつでもすこしひんやりしている。わたしの手から餌をたべるために、苗床がからだをかたむけて、わたしの胸に顔をあずける。
 しろい肌、ほそい髪、ほそい指、ちいさな、ほほえむことしかしない顔。みずからは動こうともしない苗床。猫のようにいつもまどろんでいる、いや、猫のほうがまだじぶんの身のまわりのことをする。猫であれば、せめて身をくねらせてからだをなめる、毛づくろいをする。苗床はそれさえもしない。わたしにすべてをゆだねている。わたしが毛なみをととのえてやり、手から餌をたべさせ、運動をさせ、愛してやる。
 まっしろな、銀にも青にもみえるくらいに白い羽を育て、それを売ることでわたしは暮している。それだけでなく、最高の栽培人の称号を得ている。わたしの育てる羽は遠国にまでその名を知られている。空を飛ぶことのない羽は海をこえ、わたしが行ったこともない国の王に献上されることもある。
 
 苗をうえてから羽が刈りとれるまで育つのに、どんなに早くても二季はかかる。わたしはいそがない、三季かけてゆっくり、おおきく育てる。そのぶん高く売れるし、わたしの育てる羽でないと取引をしない仲介人もいるからそれでいい。一対の羽が売れれば一季暮せる、わたしが食べてゆくのと苗床の世話をするだけの金になる、羽を植える時期をずらして五人か六人の苗床をもっていればじゅうぶん暮してゆくことができる。
 苗床から羽を刈り取るのは、できるかぎり客のまえで行う。不正がおこなわれることのないように客の見ているまえで羽を刈り取り手渡す、その客をみつけるのは仲介人の仕事だ。買い手をさがしてあらゆる土地をまわり、客があればわたしのもとへつれてくるか、それが遠方の人間や位の高い者などであれば代理に立って、それがたしかにわたしの育てた羽であることを証明するために羽を刈り取るのを見届ける。
 今日の客は上得意のうちに入る、羽そのものもさることながら、それを刈り取るところを見たいためにもう何対もの羽を買っている金持の息子だ。たまにこういう客もいる、羽の収穫は儀式でありけっして見世物ではないが、客がどういう目的で羽を買うかはわたしには関係がない。わたしは羽を育て、それを売る。
 羽を売るときにだけ、苗床には腰布をつけさせて客のまえに出す。まず顔をみせ、客にあいさつをさせる。これはほんとうは必要ではないが、この客はそういった儀式めいたことが好きなので、そのようにしている。それから苗床を跪かせ床につきたてた杭を抱かせるようにして重罪人を鞭うつときの姿勢をとらせて、からだを固定するために両手と腰を布で杭にしばりつける。声をあげさせないために布を噛ませる。慣れている苗床でも、やはりからだにしっかり根づいている羽を刈り取るのは非常な痛みをともなう。薬をつかうやりかたもあるが、痛みをにぶらせると傷の癒えるのが遅くなるので、わたしは苗床には薬をつかわない。そのかわり、からだをやさしくなでてやり、なるべく恐怖心をとりのぞいてやるようにしている。
 かたわらに洗いざらした布と水を張った盥を用意して、まず羽のつけねに針を打つ。よく磨いてとがらせた先がぷつりと皮膚を突き、そこからつうと血が流れる。ぐいと押しこみ、二、三度えぐるように針のさきで円を描く。苗床が声をのみこもうとして、ん、んっとうめき、ひたいを杭にすりつける。針を引きぬいて血をしぼり、赤く流れる道すじにしたがって刀で皮膚を切りさいてゆく。苗床はなるべく力をぬこうとするが、それでもときどき背中が波うつ。血ですべる刀を盥で清め、流れる汗をぬぐってやりながら、すこしずつ深く切りこむ。刀が肉をひらいてゆく、ときどき抵抗があって、ぶつりという手応えとともに刃がすすむ。大きい根は四本、それに細いものが幾重にもからみついている、硬く長く肉に食いついているそれへ切れ目をいれてゆく。苗床は逃れそうになる体を杭にしがみつかせ、しばられた両手をきつくにぎりしめ、ひたいに汗をうかべてきつく目をつむってこらえている。なるべく肉を切らずに根の部分だけをえらびとり、なにより手早くすませないと血が流れすぎて苗床を死なせることになる。
 刀がひとまわりして、それ以上ふかくすすまないところへあたる、さっと刃をぬいて左手を苗床の肩へ、右手を片羽にかけ、体重をかけてひと息に折りとる。みし、と音をたて、羽のつけねが浮く、さらに力をかける、苗床がうめく、ぐきりと羽が折れる、根がむしられる、そこへ刃をつきたて、斬りとる。
 そうしてもう片羽。おなじ手順で、けれど先の羽より時間がかかる、苗床の体力が落ちていてからだをささえきれなくなっている、羽を折る力のかかる方向へからだが逃げる、布で杭にからだをしばりつけ、押さえつけてもう一方の羽を斬る。首がのけぞり、汗にぬれた髪が重たげにはねる。
 両方の羽を折り、ぬきとると、ずるりと細い根が引きだされてくる、それをまとめて刀で切る。ぱくりとひらいた背中の傷からは血にまじって透明なぬめりをおびた水が流れだし腰をつたい落ちる。それをすくいあげ傷口にぬりこむ、からだを杭からはずしてやり、両手のいましめを解き後手にしばりなおし、胸をはらせるようにして薬液にひたした布を傷口に貼り、腕のうえから乾いた布を巻く。苗床の口がひらき、ひゅうと空気をすいこむ音に、わずかばかりの音がまじる。ああ、ともうう、ともつかない、ことばにならないそれは、客の耳には届かないほどかすかな、ためいきのような声だ。
 斬った羽はまずおおきく広げて空気をはらませかるく乾かして、それからたたむ。血のついたまま渡すのが正式なので、汚れたところは布にくるみ、銀白の織絹で全体をつつむ。苗床が首をかたむける、その頭をささえてやり、かざり髪をひと房切る。紐でまとめて羽にそえることが正当な取引の証になる。この客はいつも苗床に噛ませておいた布もほしがるのでそれもつける。

 この仕事をはじめたばかりのころは先達にならって羽を斬ったばかりの苗床は別の室に隔離していたが、あるときおなじ室に入れたほうが復調が早いことに気づいて、それからはおなじ室の一隅にやわらかい布をしきつめて、そこに寝かせるようにしている。背を床や壁につけることができないので、特別あつらえの寝台にうつぶせにねかせ、ねがえりを打ったりしないように布紐で足と腰をゆわえておく。一日に数回布をとりかえてやり、だいたい十日で傷がふさがる、その直前にあたらしい苗を植える。この時期を見さだめるのがむつかしい、早すぎれば傷がふさがらなくなるし、遅すぎれば根がつかない。
 そのようすを一対の目が見まもっている。わたしが苗床を抱いて室に入ってきたときから、ずっとわたしたちを見ている。となりの寝台の、わたしの持っているうちでもっとも小柄な、けれどもっとも大きな羽を育てる苗床だ。背に咲いている羽は二季めをすぎたところ、ゆらり、ゆらりとゆれている。はこび入れた苗床の頬をなでてやっているのを、両腕をついてからだをもたげて見つめている。砂色の髪と灰色の目をしたその苗床は、すこしばかり、話に聞く北の国の民族を思わせる。肌の色は洗いざらした布のようで、からだのどこもかしこも色がうすく、血の流れる道すじがすけてみえるほどに白い。腕などをきつくつかむとすぐに鬱血する、もちろんわたしはどの苗床もていねいにあつかうが、じぶんで誤ってからだを室の壁に打ちつけたりひねったりすることがあるらしく、それだけですぐに肌に傷がつく。
 いざり寄ってこようとしたので、抱きあげてひざにすわらせてやると、からだをまげて手をのばして、ひらいた手のひらで横たわっている苗床の肩にふれる、ゆっくりなでさすっている。もともとこのふたりの苗床はおたがいになついている、いつも寄りそうようにして、おなじ寝台で手足をからめて眠っていることもある。肩から首へ、首からあごへ、すうとなであげるしぐさはわたしがいつもしているのを真似ているのだろう、わたしよりもちいさい手で、ほそい指で、なぐさめるように苗床の肩から首をさぐるようにする、その手にさそわれたように、目をふせていた苗床が顔をあげた。首をまげてわたしのひざにいる苗床を見あげ、わずかに笑んだようだった。となりにすわらせてやると、ちいさな手が黒い髪のなかにもぐり、まっすぐな髪をうしろへ梳るようにして、それからまた戻り、うなじから頬へ指が流れてゆく。頬をはさむようにして、親指を口にもぐらせ、鼻と鼻をすりつけんばかりに近くによせておたがいの目をのぞきこむ。ふたりは、そのまましばらくそうしていた。ちいさいほうの苗床の背の羽がふくらむ、ふうとため息をつくのにあわせて、ふわり広がって、そしてたたまれる。横になり両腕をうしろにまわしたかっこうで布を上半身にまきつけられた苗床のかたわらに、ひざまづいて祈りをささげるように、ちいさな苗床のちいさな両手は頬から耳をなぶり、またうなじに両手をすべらせ、頬へもどり、ずっとその顔からはなれなかった。

 羽を刈りとったあとの苗床は傷がふさがるまで湯につからせない、そのかわり盥に湯を張って髪を洗ってやり、かたく絞った布でからだを拭き清める。それをするあいだも、ちいさな苗床はずっとかたわらにいる。てつだいができるわけではない。ただ、じっと見ている。ときどき、首をかしげるようにして、手をのばして黒髪の苗床にふれようとする。
 八日目、ふさがりかけた傷口に苗を植えた。ちいさな苗床はそのようすを、あしもとにうずくまってじっと見ていた。

 黒髪の苗床に植えたあたらしい羽は、片羽だけがよじれたようになっている。育ちはじめにはよくあることなので、わたしは気にしていない。
 ちいさいほうの苗床は、その背の羽をさらにおおきく育てている。もう、ひとりでは立っていられないくらいに高く育った羽が苗床の身じろぐのにあわせてふわりとひろがるさまは、はるか昔に滅んだという翼人を思わせる。かれらは白い肌と金の髪をもっていたという。かれらの仲間に砂色の髪をもつものはいなかったろうか。そんなことをわたしは考える。

 ちいさな苗床の羽に客がついた。
 引退した神官が孫の婚姻の持参金がわりにするという。白いおおきな羽は縁起ものとしてもよろこばれるから、こういった客もよくある。わたしは神を信じないが宗教がらみの客は金払いがいい。婚礼の儀式につかう場合は謝儀もふくまれる、もともとの質もよかったので、この羽はいままででいちばん高く売れた。
 室から苗床をつれだすとき、わたしを引きとめるものがあった。黒髪の苗床が、わたしの衣のすそをつかみ、よじれた羽をふるわせている。ちいさな苗床もわたしの腕から身をのりだし、そちらへ手をのばそうとする。わたしはすこし考えて、黒髪の苗床をともなって客のまえへ出た。
 背からくねり、よじれた羽に不吉なものを感じたのか、神官は眉をひそめたがなにも言わなかった。この連中はよくないものを見たときに、それを口にするともっとよくないことが起きると信じている。わたしのうしろをついてくる、よたよたと歩く黒い髪の苗床を、かれはそこにいないものとすることに決めたようだった。
 杭のまえにちいさな苗床をおろしたとき、黒髪の苗床がすいとわたしのまえに出て、ちいさな苗床にむかいあうように座った。ちいさな手をとり引きよせて、その腕に抱いた。ちいさな苗床もそれに応え、黒髪の背に手をまわし、よじれた羽をつかむようにした。そうしながらわたしに背をさらす。杭のかわりに黒髪の苗床にしがみつき、その髪に顔をうずめて痛みに耐えようとしている。
 針をさしたときも刃をつきたてたときも、根をひきむしり羽を斬りおとしたときも、そのかぼそい声を聞いたのは黒髪の苗床だけだった。

 ちいさな苗床の傷が癒えはじめ、いつごろあたらしい苗を植えようかわたしが考えにふけっていたある朝、室に入るとそこには三人の苗床しかいなかった。ふたりの寝台は片方だけが寝乱れており、それもすでにひんやりしていた。
 室はひえきっていた。ひとつだけあるあかり取りの窓が打ち壊され、そこから風がふきこんできていた。三人の苗床は敷布をかぶり身をよせあってふるえている。
 ちいさな窓のふちには血がこびりついていた。ちいさな苗床のからだに巻いてあったはずの布が解かれて窓枠にひっかかり、そこから下にすべり落ちて、風にゆらいでいた。
 あの黒髪の苗床は、窓から飛んだのだろうか。砂色の髪の苗床を抱いて、あのよじれた羽で、外へ向かって足を踏みだしたのだろうか。
 あの細い、とちゅうでくびれたようになっている羽で。
 かれらは、空を飛んだのだろうか。
11/07/13 14:52更新 / blueblack
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