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読切小説
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ずるずる
 その砂利道をずっと行って、隣町に入るちょっと手前の、道が広くなりはじめるあたりは町の子供たちに「ずるずる」と呼ばれている。そこだけ砂利がほとんどなくて、砂が粘土っぽくなっていてねっとりしていて、足で踏むとみしりみしりとめりこむようで、ずるずると滑るみたいなまとわりつくみたいな感触が、気持ち悪いような気持ちいいような何ともいえない感じで、特に雨が降った次の日なんかはあちこちに水たまりができてもっとずるずるになる。通学路ではないから里美はふだんはその道を通らないけれど、「ずるずる」の先にいとこの家があってときどき遊びに行く。
 大人たちに言わせると、あそこももともとはほかのところとおなじような砂利道だったのが、いつのまにか石が雨で流されたのかどうしたのかあのほんの二、三メートルくらいの部分だけ地面がむきだしになってしまったのだという。なにしろすべりやすくて、雨の日に自転車であの道を通って「ずるずる」でブレーキをかけるとそのまんまずずーっと止まれなかったりする。もし車が通れるくらいに広かったらもっと危険だったかもしれないけれど、自転車が二台並んで走れないほどせまい道だから、石を敷きなおしたりもしないでそのまんまむきだしのまま、「ずるずる」は子供たちに「ずるずる」と呼ばれつづけている。
 里美は一度だけ、雨あがりの「ずるずる」で靴をぬいで水たまりに足をつっこんで、
ずるずるとした感触を足のうらや指のあいだにじかに感じたことがある。あの道は通学路ではないから里美はふだんは通らない。そのとき里美はひとりきりで、友達がいたらさすがにそんなことしなかっただろうけれど、靴をはいてぴちゃぱちゃやっていて、なんとなく小さいころみたいに泥んこ遊びがしたくなったのだ。しゃがんで人さし指をそうっと水たまりに入れて、のの字を書いているうちにがまんができなくなった。靴をぬいで靴下もぬいで道のわきに置いて、そうっとそうっと足を水につけて、足の親指と人さし指だけをすべらせて、ずるずると水たまりのなかでこねまわした。土踏まずから先だけ、それ以上は濡れないようにして、すこしずつ大きな丸を描いて、ゆっくり体重をかけてすべらせて「ずるずる」を味わった。泥は思ったよりもたっぷりあって、それこそ底なし沼のように足がずるずると入ってゆくような感じがした。気持ち悪いはずなのに、どうしてだか、どこまで足が入るかためしたくなるような、そんなどこまでもやわらかい泥が里美の指先をつつんだ。
 あのとき、里美は片足だけ靴をぬいで水たまりに足をつっこんだ。もう一方もどうしようか迷ったけれど、もしだれかに見られたらと思うと、片足だけなら靴がぬげちゃったと言い訳できるような気がしたし、それに両足を入れて歩いたりしたら泥がはねて服をよごしてしまうだろうと思ったからやっぱりやめた。でもやっぱり「ずるずる」はじかにさわった方がもっとずっとずるずるしていて、もっとずっと気持ち悪いような気持ちいいようなものなんだと里美は思った。

 その日、夕方から振り出した雨は翌日の明け方まで降りつづいて、里美が家を出る時間になっても空はまだどんよりとしていた。一日中、降りそうで降らない重たげな雲が太陽を隠していて、学校の帰りに友達と遊びに行こうと思っていた予定もなんだか気が乗らずやめてしまった。
 家でごろごろしていたら、いとこから電話がかかってきた。貸してくれていたマンガをクラスメートが読みたいと言っているから返してほしいという。空はまだ灰緑であまり外に出たくはなかったけれど、ずっと借りっぱなしで忘れていたから、里美はマンガをデイパックにつめた。それからふと思い立って、キッチンに行ってビニール袋を二枚と、それからポケットティッシュを二つと雑巾もデイパックに入れた。あの日「ずるずる」で泥遊びをした後で泥だらけの足をわきに生えていた草でぬぐったのを思い出したのだ。まばらに生えていた雑草は、そのくせ意外に根がしっかり張っていて引き抜くのが大変だった。ハンカチで泥を拭い取りたくはなかった。

 いとこの家からの帰り道、あちこちに水たまりができた「ずるずる」は、里美にさっさと靴をぬいで入っておいでと誘っていた。今日は準備万端、指先だけじゃなく、足全体を「ずるずる」に浸らせて、ばかみたいに子供みたいに泥遊びができる。空もまだ、いつ雨が降ってもおかしくないくらいどんよりしているし風もしめっぽいから、きっとみんな外で遊んだりはしていないだろうし、塾やなんかはまだ終わる時間じゃない。
 里美は靴と靴下をぬいで道のわきへおいた。そして、深呼吸をして、ひときわ大きい水たまりの中へ足を踏みいれた。
 ずるり。
 ねっとりした感触が足の裏に広がって、ぞわぞわと気持ちの悪さが背中からじんわりしみこむようにおなかに伝わってくる。ぐっと足に力をこめて体重をかけると、ぐずりと足の下で泥のかたまりが割れて、すぶりと足が何ミリか沈んだ。
 小さいころ、長靴をはいて水たまりにとびこんだようにぱちゃぱちゃとはね回ることはできない。でも、そのぶん時間をかけて、ずるりずるりと泥の感触を楽しむことはできる。足の指を浮かせて、かかとでずいと泥を押し分けるように「ずるずる」の中を進む。重心を預けていたほうの足も、思い切って「ずるずる」の泥の中へ踏み込む。
 すぶり。
 両足をそろえると、きめこまかい砂が足の形に沈んで、ぴったりとまといつく感じがする。そんなに深い水たまりではないはずなのに、体重で少しずつ砂が押されて、少しずつ体が沈んでゆくように感じられる。本で読んだ底なし沼のイメージを思い浮かべながら、沈みきらないうちに逃げ出さないと、と、冒険物の主人公になった気分で片足を上げていったん「ずるずる」から出ようとした。
 ずるずる。
 そのとき、残ったほうの足かかとにまといついた砂が、細いひものように足首にからんでしめつけた。バランスをくずした里美がしりもちをつくより早く、砂は里美の足をしっかりとつかまえ、「ずるずる」の中へとひきずりこんだ。
 声をあげるひまもなかった。里美の体はそのまま泥の中へとずるずる沈んでゆき、足も腰も胸も、ばたつかせた両腕も、あっというまに飲みこまれてしまった。
 まといつく泥のなかで里美は必死にもがいていた。のしかかる泥をかき分けて外へ出ようとしたけれど、里美を引きずりこんだ「ずるずる」の中はもったりと重いばかりで何も見えず、もがいてももがいても両手に当たるのは砂粒と水だけで手ごたえも感じられない。そのままずるずると、どんどん深くへと落ち込んでゆくようだった。
 どちらが上かもわからないまま里美は自分の頭の上へと腕をのばして、それが泥ではなく空気をつかめないかともがいた。すこしでも上へと背を伸ばして、指と指の間がちぎれるくらいに手を広げた時、里美の指は砂と水以外のものにふれた。里美はそれを手がかりに外へ体を出そうと、指がやっと回るくらいの棒のような、泥よりあたたかいそれを握りしめ、おもいきり自分のほうへとひきずりよせた。ところがそれは里美の体を上へと持ちあげてはくれず、反対にあっけなく「ずるずる」の中へと落ち込んできた。
 そうなってやっと里美は気づいた。両足を水たまりにつけてすべらせた時に足首に巻きついてきた、あのまといつくように貼りついたひもだと思ったものは、ちょうど里美が今そうしているように、泥にまみれただれかの指が、里美の足を引っぱったのだと。
11/07/16 19:53更新 / blueblack

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