花火の子
花火の子
けっこんをしようとサナが言った。
サナの言うことだから基はうなずいた。
いいよ。けっこんってなに?
サナは花火の子だ。花火というのはサナや基がうまれるよりずっとまえにいろんな星で打ちあげられたカプセルのことで、花火の子たちはみなカプセルのなかでうまれた。それぞれにいろんなところで打ちあげられた花火は、みな母星を――基のいる星をめざして飛んでいる。だからサナと基はじっさいには会ったことはなくて、通信も音声と文字だけだから、だからたがいの顔をみたこともない。
花火の子たちのうちで学習進度はサナがだんとつだ。母星についたらすぐに仕事ができるようにしているんだとサナはいう。母星についたら気候管理の仕事がしたいという。
サナが母星につくまであとどのくらいかかるのか基は知らない。サナもわからないといっていた。基にはサナのカプセルの現在位置の数値は読みとれても、それが、あとどのくらいしたらサナが基のいるこの星にたどりつくということなのかはわからない。
けっこんというのは基とサナがずっとおたがいをすきでいる約束。サナは基をすき。すきだからずっと話をしていたいし、すきだからはやく基にあいたい。基はサナをすき?
すき、ということはサナがおしえてくれていた。サナのカプセルからの定期連絡が待ちどおしいことや、そのときにほかの話ができてうれしいことや、もっと話をしていたくて、いつまでも回線を切断したくなくなることがすきということ。基の仕事は情報を整理して管理することだけだから、それ以外のことはなにも知らない。好き、とかうれしい、とかいうことはみんなサナがおしえてくれた。
基はサナをすき?
カプセルは母星へむけて、もうずっと長いこと飛んでいる。とおいとおいむかしに打ちあげられた花火たちは、いろんな星からみんな、ただ母星だけをめざして飛んできている。花火はなにもサナだけではない。ほかにもたくさん、基のところへ定期連絡が入る。サナ、キュウ、まゆ、なえ、それからもっとたくさん。それらすべてのカプセルからの通信をステーションで受けるのが基の仕事だ。基は生まれたときからたったひとりでステーションにくらして、いろんなところを飛んでいる、いろんなところからここをめざしているカプセルの通信を受信して、それぞれの位置を記録したり軌道を修正させたりする。
基はそのためにうまれた。基がうまれるよりまえに、もう花火は打ちあげられていた。基がうまれるよりまえからサナは、サナのカプセルはここへむかって飛んできていて、基がうまれるよりまえからサナのカプセルは定期連絡をステーションに送りつづけていた。
はじめてあったときのこと、おぼえてる?
アラートが鳴る。サナだけではなくほかの花火たちからの連絡も受けている基のステーションでは、ひとつのカプセルとの通信回数や連続接続時間には制限がある。
おぼえてる、と基は答える。サナがなんどもくりかえして話してくれたから、忘れないでおぼえていられる。はじめてあったとき、サナはもう長いことカプセルのなかでくらしていて、基はまだ生まれたばかり、ステーションでただひたすらに花火からの通信を処理していた。サナのカプセルからのはじめての連絡を受けて、ほかのカプセルからは事務処理事項だけだったのに、サナだけは連絡がおわったあとに言ったのだ。
きみはだれ?
そのとき基には名前がなかった。基、という名前をくれたのはサナだ。
きみはだれ?
二度目の問いかけにも答えなかった基に、サナは一連のシリアルナンバーを口にした。
きのう、通信途中でとぎれた花火が一基。それきり回線がつながらない。きみのところではあの子のさいごの光をみた?
ナンバーは燃料切れで消えていったカプセルのもので、サナのカプセルとの通信記録も残っていた。
花火は、ほとんどが母星にたどりつかない。消えてゆく理由は燃料切れや修正不能の軌道のずれやいろんなこと、それを記録するのも基の仕事のひとつだ。だからうなずいた。
見たよ。きれいな光だった。
よかった。そうサナは答えた。あの子のさいごの光を、だれかが見ていてあげられたんだね。それからしばらくサナはなにもいわなかった。接続中のグリーンライトだけがまたたいていた。
通信終了の直前にサナがいった。
私は、あとどれだけ飛んでいられるだろう。
基。
呼ばれて、基のなかからあのときのサナの声が消える。
アラートがまた鳴っている。もう切らなきゃ。切らないと、ほかのカプセルからの連絡が受けられない。
基、けっこんをしよう。
うん、と基はうなずく。
いつか母星につくから。あとどれくらいかかるかわからないけど、でもきっとそこへゆくから。そうしたら基に会いにゆくから。ステーションから出してあげる。通信を処理するために作られたんじゃなくって、基はサナといっしょにいるためにうまれてきたんだから。
だからサナが母星についたら。けっこんをしよう。
けっこんをしようとサナが言った。
サナの言うことだから基はうなずいた。
いいよ。けっこんってなに?
サナは花火の子だ。花火というのはサナや基がうまれるよりずっとまえにいろんな星で打ちあげられたカプセルのことで、花火の子たちはみなカプセルのなかでうまれた。それぞれにいろんなところで打ちあげられた花火は、みな母星を――基のいる星をめざして飛んでいる。だからサナと基はじっさいには会ったことはなくて、通信も音声と文字だけだから、だからたがいの顔をみたこともない。
花火の子たちのうちで学習進度はサナがだんとつだ。母星についたらすぐに仕事ができるようにしているんだとサナはいう。母星についたら気候管理の仕事がしたいという。
サナが母星につくまであとどのくらいかかるのか基は知らない。サナもわからないといっていた。基にはサナのカプセルの現在位置の数値は読みとれても、それが、あとどのくらいしたらサナが基のいるこの星にたどりつくということなのかはわからない。
けっこんというのは基とサナがずっとおたがいをすきでいる約束。サナは基をすき。すきだからずっと話をしていたいし、すきだからはやく基にあいたい。基はサナをすき?
すき、ということはサナがおしえてくれていた。サナのカプセルからの定期連絡が待ちどおしいことや、そのときにほかの話ができてうれしいことや、もっと話をしていたくて、いつまでも回線を切断したくなくなることがすきということ。基の仕事は情報を整理して管理することだけだから、それ以外のことはなにも知らない。好き、とかうれしい、とかいうことはみんなサナがおしえてくれた。
基はサナをすき?
カプセルは母星へむけて、もうずっと長いこと飛んでいる。とおいとおいむかしに打ちあげられた花火たちは、いろんな星からみんな、ただ母星だけをめざして飛んできている。花火はなにもサナだけではない。ほかにもたくさん、基のところへ定期連絡が入る。サナ、キュウ、まゆ、なえ、それからもっとたくさん。それらすべてのカプセルからの通信をステーションで受けるのが基の仕事だ。基は生まれたときからたったひとりでステーションにくらして、いろんなところを飛んでいる、いろんなところからここをめざしているカプセルの通信を受信して、それぞれの位置を記録したり軌道を修正させたりする。
基はそのためにうまれた。基がうまれるよりまえに、もう花火は打ちあげられていた。基がうまれるよりまえからサナは、サナのカプセルはここへむかって飛んできていて、基がうまれるよりまえからサナのカプセルは定期連絡をステーションに送りつづけていた。
はじめてあったときのこと、おぼえてる?
アラートが鳴る。サナだけではなくほかの花火たちからの連絡も受けている基のステーションでは、ひとつのカプセルとの通信回数や連続接続時間には制限がある。
おぼえてる、と基は答える。サナがなんどもくりかえして話してくれたから、忘れないでおぼえていられる。はじめてあったとき、サナはもう長いことカプセルのなかでくらしていて、基はまだ生まれたばかり、ステーションでただひたすらに花火からの通信を処理していた。サナのカプセルからのはじめての連絡を受けて、ほかのカプセルからは事務処理事項だけだったのに、サナだけは連絡がおわったあとに言ったのだ。
きみはだれ?
そのとき基には名前がなかった。基、という名前をくれたのはサナだ。
きみはだれ?
二度目の問いかけにも答えなかった基に、サナは一連のシリアルナンバーを口にした。
きのう、通信途中でとぎれた花火が一基。それきり回線がつながらない。きみのところではあの子のさいごの光をみた?
ナンバーは燃料切れで消えていったカプセルのもので、サナのカプセルとの通信記録も残っていた。
花火は、ほとんどが母星にたどりつかない。消えてゆく理由は燃料切れや修正不能の軌道のずれやいろんなこと、それを記録するのも基の仕事のひとつだ。だからうなずいた。
見たよ。きれいな光だった。
よかった。そうサナは答えた。あの子のさいごの光を、だれかが見ていてあげられたんだね。それからしばらくサナはなにもいわなかった。接続中のグリーンライトだけがまたたいていた。
通信終了の直前にサナがいった。
私は、あとどれだけ飛んでいられるだろう。
基。
呼ばれて、基のなかからあのときのサナの声が消える。
アラートがまた鳴っている。もう切らなきゃ。切らないと、ほかのカプセルからの連絡が受けられない。
基、けっこんをしよう。
うん、と基はうなずく。
いつか母星につくから。あとどれくらいかかるかわからないけど、でもきっとそこへゆくから。そうしたら基に会いにゆくから。ステーションから出してあげる。通信を処理するために作られたんじゃなくって、基はサナといっしょにいるためにうまれてきたんだから。
だからサナが母星についたら。けっこんをしよう。
11/07/13 18:33更新 / blueblack
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