われらはきたりぬ はるけき国より
星にみちびかれ 野山こえて
ああ 奇しくかがやく 星の光よ、
われらをみちびけ み子のみもとに
「――おちついた?」
ぐったりしているみぎわに、幹が声をかける。
いくらか顔が青ざめて見えるのは気のせいだけではないだろう。
「ま、ちゃんと牙つかえてよかったってことで」
首をなでながら幹が言って、みぎわは思いだしてしまった。幹の喉もとにすがりついて血をすすりこみ、そのうちに、じぶんの歯が――牙が幹の肉にめりこんだその感触を。
頭をかかえてしまう。
「はじめてのご感想は」
「――う」
うめいて、声が出ることにおどろく。
「栄養補給したから」
こともなげに翠が言う。
「なん‥‥なんですかいまのは」
「栄養補給」
「授乳、かな、むしろ。血がたりなくなってみぎわくん、声出なくなってたでしょ」
「って‥‥」
「吸血鬼だろう」
「翠さん」
説明にならないことばを投げてくる翠を、幹はにが笑いをうかべてさえぎる。みぎわに向きなおって、笑ってみせる。
「あのね。みぎわくん吸血鬼でしょ」
「――だれ、が」
「無自覚馬鹿」
翠が横から口をはさむ。まあまあとおさえようとする幹を無視して、じぶんのくちびるをもちあげ、ぐいと歯をむきだす。その、犬歯。その――
「おまえのといっしょ」
「鏡があればね。みぎわくんもじぶんのこと見られるんだけど」
鏡、なんて必要じゃなかった。じぶんの舌がふれる、いつもとちがう感覚に、とっくにみぎわは気づいていた。さっき幹に裂かれた肉から生えている、犬歯のあるべきところに、下唇を傷つけるほどに伸びきって、とがっている、それは翠のものとおなじかたちをしているのだろう。
その、牙。ほかの歯の二倍ほどの長さのそれは毒蛇の牙のように、細くするどい。鏡を見なくても。鏡、を。見たくなんかない。
じぶんの思いにひたりこんでいたみぎわに、ち、と舌をならし、翠が幹のとなりにまわりこむ。白い腕が幹の腕をとらえ、ふりむかせる。幹が応えるように、首をかしげる。まだ赤いそこを、さらす。
「お・ま・え・と・いっ・しょ」
翠がうそぶき――そこへ。
みぎわに見せつけるように、幹の首すじに、その牙をつきたてた。そうして、母親の乳房をさぐりあてた赤んぼうのように、目を細めてやがて閉じて、そうして――。
翠の喉が、ぐびりと動く。幹が、陶然としたようすで、目を半開きにして、翠の肩に手をのせる。協力するように。
幹のくちびるが、わずかにひらく。
それは、めまいのする光景だった。
やがて、翠のくちびるがなごりおしげに首からはなれると、幹は、ゆっくりと息をつく。くちびるをしめらせて、
「だいじょうぶだよ。摂るもの摂ったからすぐ熱もひくし、そうしたら引っこむから」
無意識のうちにそのあたりを、牙のかたちをなめてたしかめていたみぎわに、とりなすように言う。
「微熱つづいてたでしょここんとこ」
「動悸、発熱、めまい。異性を目にしたときに、とくにひどい」
「こころあたり、なかった」
ふたりにたてつづけに聞かれる内容。よくわからないまま、みぎわはぼんやり答える。
「あ‥‥でも、それは」
「うん。真荘さんが相談にきたんだ」
「幸ちゃん‥‥真荘さんが?」
うん、と幹はうなずいて、みぎわのとなりに腰をかける。
「みぎわくんとね、つきあってるんでしょ。そのことで相談があるけど、教師やなんかにはちょっと言いにくいからって。みぎわくんのようすがおかしいって」
くすっと笑って、
「みぎわくん真荘さんのこと、ものすごい目で見るときがあるって」
「自制心すっとばしてたわけだ。この餓鬼が」
「翠さん」
「だろうが。餌に悟られてどうする」
「餌‥‥って!」
おもわず声をあげる。翠がふんと鼻で笑い、幹が、ああ、と頭をかかえる。
「ちょっと、話がずれて――」
「どういうことですか、餌って、そんな言い方ないでしょう!」
「餌は餌だ」
「翠さんっ」
「みぎわくんおちついて」
「幹、さん」
「みぎわくん」
「これがだまってられますか」
「牙も生えそこなった餓鬼がいっちょまえの口きいて」
「翠さん。ちょっと、ふたりとも、ちょっと待って。これじゃ話がすすまない。みぎわくん」
まあすわって、と言われ、腰をうかせていたことに気づき、翠をにらみつけたまま、みぎわは椅子に腰をおろす。
「翠さんも、ちょっと黙っていてもらえますか。あなたのもの言い、みぎわくんを刺激するばっかりだ」
翠がふいと横
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