かみ ともにいまして
ゆく道をまもり、
あめの御糧(みかて)もて
ちからをあたえませ。
放課後の礼拝堂。
このところ、入りびたっている。なんていうか、居心地がよくて。
吸血鬼が、礼拝堂が居心地がいいなんて、なんかおかしな話だな、なんて思いながら。ほとんど日課のように、みぎわは礼拝堂で、幹と翠を相手に、なにを話すでもなく時をすごす。
ときには、幹がオルガンを弾いて、みぎわが劇で歌う曲をみてくれることもある。
でも、そうでないときのほうがおおくて。今日も、みぎわはなにをするでもなく、木の椅子に座って、ぼんやりと、幹が楽譜をめくっているのを見ている。
ふと、幹がみぎわを見る。
「めでたしめでたし、ですか」
いつものとおりの、ゆったりとした笑み。
翠はだまっている。
みぎわは、なにをどう言っていいものやらわからず、ステンドグラスを一枚一枚かぞえるように見てゆきながら、
「いや‥‥そう言いきれるのか‥‥わかんないんですけど」
ていよく丸めこまれたような気もしないでもなくて。
「衣装だけはなんとか、おとなしめのに替えてもらえるらしいんですけど」
よかったね、と幹は笑う。
翠はなにも言わない。
あれきり、あの、もの苦しいようなうずきは、どこかへ行ってしまって、あの乾きはみぎわをおとずれることがない。記憶からもうすれてしまったように思われる。
このふたりがいなければ、なにもかも起こらなかった、と言われてもうなずけるような毎日。すべてが、なにもなかった以前の生活、なのだろうかとみぎわは考える。
幸ちゃんとも、あのまま。ちょっと背伸びした弟と、それをほほえましく思う姉、のような、そんな関係のまま。
でも、そうではない。
もう、そうではない。
「真荘さんとはどう」
「――仲よくやってますよ」
おかげさまで、とつけくわえる。
それができるくらいには、おとなになった。
ふ、と翠が笑う。
それも、笑って流せるくらいにはなった。
正直、いまのこの感情がなになのかはわからない。
でもそれは、いますぐにわからなければいけないものでもないのだろうとも、思えるようになった。
まだ十六歳。幸ちゃんだって、十七になったばかりだ。まだ、時間はたっぷりある。
いま、いっしょにいて、たのしい。あのとき、食欲なのかなんなのか、それさえもわからないままに幸ちゃんを傷つけることがなくてよかった。そう、切に思う。
それでいい。
いきなり、おまえは吸血鬼だと言われても、いままで十六年ものあいだ、そんなことまったく知らずに生きてきて、そんなにあっさりオカルトな人生を生きられるわけがない。
だからいまはこうやって、幹さんや翠さんといっしょに、どうでもいいことをしゃべったり、翠さんが好き勝手にふるまうのを見たりしていようと思う。
そのうち吸血鬼の本能が勝ってきたら、それはそのとき悩めばいい。
「太平楽な奴」
「だって、悩んでも吸血鬼なんでしょ、おれ。悩んでも吸血鬼、悩まなくても吸血鬼、なら悩むだけ馬鹿みたいだって思うことにしました」
「雑種だ、馬鹿」
「純血種って排他的なんですね。まあいいや。とりあえず、真荘さんに食欲は感じてませんし、愛情は持ってますから」
「臆面もなく」
「親ゆずりです」
そんな翠とのやりとりを、幹は興味ぶかそうにながめている。
「やっぱり同種って話が合うのかな」
それだけぽんぽん言いあえるのってうらやましいなあ、とひとりごちる。
「同種、とかじゃないと思いますよ」
「そうかなあ」
「幹さん翠さんのこと気づかうからつよいこと言えないんでしょ。おれは嫌われてもへいきだからなんでも言える」
みぎわは、からりと明るく笑えるようになった。
冬休みに帰省したら、母親さんに自慢してやろう、と思っている。
ガールフレンドのこと、思いっきりのろけてやろう、と。
いまから、思っている。
また会う日まで、
また会う日まで、
その身を護り
汝が身を離れざれ。
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