りさは、チクタクわにさんのぬいぐるみをもっています。いつもいっしょにいるわけではないけれど、部屋にもどればいつも、つくりつけの本棚の二段めにおいてあるそのぬいぐるみは、いつも抱えてそのぷくんとふくれたおなかに顔をちかづければ、タオル地のむこう、つめもののパンヤのおくのほうでチクタク、チクタクとくぐもった音のするのが聞こえる、それはとてもやわらかい、りさのだいすきなぬいぐるみです。
チクタクわにさんというのは、懐中時計をのみこんでしまったわにさんです。背丈は、りさのひじからゆびのさきくらいまであります。そんなに大きくなくって、抱くと両手があまってしまうのだけれど、でもタオル地なので手ざわりはとってもよくて、それに懐中時計をのんでいるぶん、ふつうのぬいぐるみよりすこしばかり重いようで、そんなところもりさは気にいっています。
りさはよくベッドのうえでチクタクわにさんを抱いて、そのまま壁によっかかります。そうしてわにさんを壁におしつけてわにさんごと壁によっかかっていると、壁にではなくて、わにさんによっかかっているみたいで気もちがいいからです。ときどきそのままねむってしまうくらいに気もちがいいのです。
チクタクわにさんは、ふるいぬいぐるみなので、からだがちょっとうすよごれてきています。でも時計がなかにはいっているから洗えません。そうでなかったらじゃぶじゃぶ洗って、そうしたらきっともとのとおりの、りさがおぼえているとおりのあざやかな、とてもきれいな色になるでしょう。でもいまはなんとなくぼんやりした色になってしまっています。せなかは青とみどりのあいだくらいの色で、おなかは白です。ちょっと灰色っぽくなってきているけど、もとは白です。まあるい大きな目は白いフェルトをまるく切ってぬいつけたうえから黒い糸でめだまをししゅうしてあって、だからいつもひらいたままです。いつもひらいていて、いつもりさを見ています。ひじからゆびのさきくらいまでのわにさんのからだの、その半分ほどが、ぱっくりさけている、いつも大きくひらいているわにさんの口です。口のうちがわにはピンクの布がはってあって、そのふちには白い牙がぐるりとぬいつけてあります。牙のひとつひとつはりさのおやゆびの爪よりもちょっとおおきいくらいの三角に切ったフェルトです。手と足のつめもおなじくらいの大きさで、でも牙よりちょっと長い三角です。わにさんの手と足はばんざいをしているみたいにからだのりょうがわにぬいつけてあって、おおきな口はいつでもぱっくりとひらいていて、でもその奥をのぞきこんでも時計は見えません。時計は、おなかのなかにあるからです。わにさんは時計をのみこんでしまっているのです。だからおなかのなかには時計があって、だからわにさんのおなかに耳をちかづけると、チクタク、チクタクと音がするのです。だから、おなかをそうっとおすと、かたいのです。そこに時計があるからです。
りさは、部屋にはいるといつも、まずチクタクわにさんのほうへ目をやって、まずチクタクわにさんにあいさつをして、それからつくえにむかって手紙を書いたり、ゆかにすわって編物をしたりします。手紙は毎日かきます。ともだちに書いたり、おかあさんに書いたりします。りさのおかあさんはべつの町にいます。ときどき会いにきてくれます。でもいつもいっしょにいるわけではありません。だから、りさは毎日手紙をかきます。その日あったことを書いたり、その日おもったことを書いたりします。きょうは先生がこんなことを言いました。きょうはゆうきくんとこんなことをしました。きょうははれています。きょうはりさはとってもねむいです。だからあまりたくさん書けません。でもあしたまた書きます。そんなことを書きます。
手紙を書きおわったら編物をします。いま編んでいるのはショールです、おかあさんに編んでいます。このあいだまでは、先生にプレゼントしようとおもってレース糸でしおりを編んでいました。それが終わったので、いまはおかあさんに編んでいます。ひざかけにもなるくらいに大きいのにしようと思っています。あわい、やわらかい灰色に銀の細い糸がからんでいるような、とてもきれいな色の糸を、りさは先生といっしょに行ったお店で買いました。おかあさんによく似あうとおもって、おかあさんはおしゃれだから、それで本をみてショールを編むことにきめて、このあいだから、ゆっくり編みはじめています。まだ三分の一も編めていないけれど、でもひろげると、きれいな蝶のはねみたいにきらきらと光ります。すかし編みをいれたので、ちょっと手間がかかるけど、でもできあがったらきっときれいでしょう。きっと、おかあさんはよろこんでくれることでしょう。
りさがここへくることがきまったとき、おかあさんはりさのことをきゅうっと抱
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