きょうのおやつは、ふくふくの蒸しパンだ。みみ子のせなかよりしろい、まゆの大好きなやわらかいパン。ばんごはんのあとだからそんなにたくさんは食べられないのに、かごにみっつも入っていて、かわいてしまわないようにチェックの布をかぶせてあって、そのままかごを抱いて森におばあさんをたずねてゆきたくなるくらいにふっくらしていて、ゆびで押すと、ふあ、とはずむ。
「レーズンは入ってないの」
パネルにたずねると、先生が応える。
「ジャムがあるから、好きなのをつけておあがり」
ランプがともったのをみてパネルにふれると、スライドクロゼットがひらく。瓶がみっつ、グレープジェリイとアプリコットジャム、それからオレンジマーマレードが入っていた。まゆのいちばん好きなのはアプリコットジャム、パンがなくてもそれだけなめてしまうくらい。まゆが瓶をひざにのせると、スライドクロゼットがしまる、そのときの、ひゅん、というような音が好きだ。空気の抜かれるような音がしてスライドクロゼットがとじると、まゆはその壁にせなかをつけて、そのままよりかかったかたちでぺたんとすわりこむ。
みみ子がよってきて、ふぃふぃとかごに鼻さきをすりよせて匂いをかいでいる。でもみみ子にはパンをやらない。ジャムも、みみ子は食べない。みみ子の充電はいつもまゆが寝ているあいだにすんでしまうから、みみ子はまゆが起きているときにはなにも食べない。バタナイフをもった手のうちがわに鼻面をおしこんでくるのは、おなかがすいているからではなくて、まゆになでてほしがっているしるしだ。そう先生が言っていた。たっぷりなでておやり。まゆがやさしいと、みみ子もうれしいから。
端末のたてる軽い音にまゆは目をあげて、腰につけてあったポイントディヴァイスで壁のスクリーンをつける。サナからのコールだった。
サナは、できたばかりの友達だ。まゆとおなじように、うまれたときからカプセルのなかでくらしている。母星へむけて飛んでいる船はほかにもたくさんあるのだとサナはおしえてくれた。短コードの使いかたもサナがおしえてくれた。サナの船とまゆの船はとても離れていて交信にも時間がかかるから、重い和文字はつかわないほうがいいって。
−まゆ/げんき?−
サナの識別色を、まゆはすぐにおぼえた。あざやかなみどり色が画面に浮かびあがる。キーボードを出して返信を打つ。まゆの識別色は、だいすきなアプリコットジャムとおなじ色だ。
−さな/あいたかった/でんわひさしぶり/まゆげんき/いまおやつたべてる−
−なにたべてる−
−むしぱん/じゃむつけてえええ−
ジャムの瓶の陰からみみ子がとびはねて、まゆの膝にのってくる、そのはずみでキーをよけいに押してしまった。みみ子のまっしろい毛皮をなでてやりながら、まゆはサナにあやまる。ごめんいまのなし。むしぱんすき? たべたことない。
サナの船はまゆの船とよく似ているみたいだけれど、やっぱりいろんなことがちがう。サナのねこはミルクを飲むのだと教えてくれたことがあったのを思いだして、こんど先生に聞いてみようとまゆは思った。もしかしたら、みみ子もパンを食べられるように改造してくれるかもしれない。そうしたら、いっしょにおやつが食べられる。そうサナに言ってみたら、むりじゃないかなという答えが返ってきた。みみ子は充電式だから。システムがちがうとそういうことはできないかもしれない。
サナの教育内容はまゆよりすこし進んでいるらしくて、サナはまゆの知らないいろんなことを知っている。そして、いろんなことをおしえてくれる。サナは、まゆのできないいろんなことがきっと、できる。まゆはまだ料理をさせてもらえないけど、サナはもしかしたらさせてもらっているかもしれない。
サナは、もう料理をさせてもらっているんだろうか。聞いてみたくなってまゆはキーボードをたたいてみる。
−さな/りょうりする?−
−しない/しごとする−
−しごと/?−
−きろくかんり−
−?−
−ぼせいのてんききろく/ふくしゃふねでさいげんする/さな/かんりする−
−てんき/?−
−てんき/はれ/あめ/くもり///−
−はれ/?/あめ/?/?/?/−
はれってなあに、あめってなあに。サナの言うことはまゆの知らないことが多いのだけれど、サナはいつもていねいに説明してくれて、サナと交信していると、まゆはじぶんがどんどん物識りになってゆくような気がしてくる。
−まゆ/かぷせる/まどある?/まどあかるい?−
サナにたずねられて、まゆは窓を見あげた。光がぼうっとさしこんできている。
−あかるい−
−だったらはれ/くもり/くらい−
−あめ/?−
−あめはみず/まどからみずみえる?−
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