ビクターの犬
佐和はまいにち学校がすむとまっすぐ家にかえる。家にかえって、まっすぐじぶんの部屋へ行く。そうしてそのあとずっと、部屋にいる。
とうさんはおそくまで帰らないし、にいさんだって家にいることのほうがすくないくらいだから、佐和は家ではほとんどいつでも、ひとりだ。どの部屋にもだれもいないから、佐和はまっすぐじぶんの部屋に行く。そうしてそのまま、だれかが帰ってきて、物音がしはじめるまでのあいだ、部屋にこもっている。
家はわりと大きくて、そうしてとても、しずかだ。
佐和が十三でこの家にきたとき、とうさんは佐和にじぶんの部屋をくれた。きれいなベッドのはいった大きな部屋だ。ほんとうはふとんのほうが好きだったけれど、まえいた家でもベッドだったから、佐和はなにも言わなかった。
佐和はじぶんの部屋で、いつもCDを聴いている。誕生日にとうさんが買ってくれたステレオはターンテーブルもついているおおきなもので、でもレコードはめったに聴かない。とうさんの集めていたレコードは古すぎて、管理もわるかったのか反ってしまっているから、だから佐和はこづかいでCDを買って、ふだんはそれを聴いている。
部屋でひとりでいると、時間の感覚がなくなってくる。時間なんてどうでもよくなってきて、おなかがすいたとかからだの節々が痛いとか、そういったこともどうでもよくなってきて、やがてなにもかも投げだしてしまう。そうしているうち、なげだしてしまった時間の感覚といっしょに、じぶんという人間のこともわすれてしまう。じぶんがどこにどういう姿勢でいるのか、考えるのもめんどうになってきて、それで考えることをやめてしまう。
けれどそうやってなにも考えないまま、ちょっとしたことで不用意に動いて、たとえば曲のかわりめにふと腕をのばして、のばしたさきになにがあるのか見ていなかったりする。それでベッドサイドの目覚まし時計をはらい落としてしまったりする。そうして、そういったものはたいてい、佐和の足のうえだとかに落ちてくる。そうでなければそのわきにある鏡を道づれにして落ちてきて、板張の床で粉々にくだける。そうなればきっと、くだけたかけらを踏むか、かたづけるときに指を切る。
佐和のからだには生傷がたえない。
時計が足に落ちてくればすり傷ができるか、ときには痣ができる。指を切れば血がにじむ。そうなってはじめて、佐和はじぶんを思いだす。じぶんがひとりで部屋にいて、CDを聴いていたことを思いだす。
でもまたすぐに佐和の注意は音楽のほうにもどって、傷口をおざなりにぺろりとなめて、そうしてまた、床にすわりこんでCDを聴いている。こりるということがない。
そんなだから、佐和のからだには生傷がたえない。不注意でできる、ばかみたいな傷ばかりだ。
いままで一緒にくらしたおとなたちのなかで、たぶんとうさんがいちばん佐和にやさしい。佐和がほしいと言えば、すこしくらい高いものでも買ってくれる。ステレオにしても、いまどきレコードなんて買わないからと佐和が言っても、あってこまるものでもないだろうといって、どこからかりっぱなセットをさがしてきて買ってくれた。
おおきなステレオは、おおきな部屋によくはえる。この家に越してくるときに持ってきた安物のCDラジカセは、このおおきな部屋にあるといかにもみすぼらしくて、音はそれほどわるくなってはいなかったけれど、やっぱり捨ててしまった。
まえの家からもってきたものはそんなふうに、あたらしい部屋にはふつりあいすぎたから、荷物をほどいてみて、あちらに置きこちらに並べしてみたものの、けっきょくほとんどはその週のうちにまとめてごみに出した。
とうさんは家具からなにからぜんぶ新しくそろえてくれていた。それで、新しい部屋には佐和がはいるよりさきに佐和のための新しい家具がはいっていた。けれど、ごみ箱とか机におく鏡とか、そういうこまごまとしたものはなかったから、とうさんは佐和をちかくのデパートに連れていってくれた。
そうして新しい部屋にあう色あいとかたちのいろんなものをそろえた。部屋にもどって包装紙のセロテープに爪をたてて、そうっとそうっとテープを浮かせて、紙に傷をつけないできれいにはがせたのがうれしかった。でもきれいにテープをはずして、折りぐせをすっかりのばして四つに畳んだ包装紙をしまうのに適当なところがみつからなかった。まだ本のないっていない本棚にいれてみたけれど、はみだしてしまってみっともなかった。新しい、きれいなごみ箱に投げこんで捨ててしまおうかとも考えて、でもそれもやめた。
どこに置くかを考えて、目的があって買ったものは、色もかたちも新しい部屋によくとけこんだ。
そうでないものは、どこにおいてもいけなかった。
佐和がもらった部屋はそうやって、
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