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フルーツ三話より「蜜柑 −カエデ−」

 「おねさん、あれ、みかんサツマ・タンジェリン。サツマは日本?」
 やわらかいウエーヴのかかった明るい色の髪をゆらしてカエデがたずねる。そうよと答えてやると、じゃあ食べたいと言う。
 「これ、おいし?」
 言いながら、値札に気づいたか、ふわりと私を見あげる。
 「おねさん、日本のみかん高い、ねえ」
 「うん、高いね」
 カエデが私を呼ぶときの、「おねィさん」というような、そんなちょっとした発音がひっかかる。しゃべりかたのリズムがひっかかる。ことばが、単語が、ふた文字めでくいっと跳ねあがるような独特の抑揚がひっかかる、日本語なのに外国語に聞こえる。
 河崎楓なんて和風の名と日本の国籍をもちながら、栗色の巻毛にまるい目と、金色の産毛が光をあびている肌にそばかすの散った、誘拐に気をつけなと言いたくなる愛らしい顔立ちが、英米の児童文学にでも出てきそうな、私の貧困なイメージのなかにある「外国の女の子」をあまりにみごとに具現化していて、はじめて会って、はじめて名を聞いたときから、カワサキ・カエデ、と漢字表記よりカタカナでイメージしてしまう。だってカエデは自分の名もきちんと発音できない。「楓」でも「かえで」でもなく「カイデ」に聞こえる。
 イギリス系カナダ人の母親と日本人の父親のあいだに生まれた二世、日本には行ったことがなくて、そのわりにしっかりした日本語がつかえているのは、週一日、いや半日とはいえ日本語学校に通っているからだろうか。それとも、まだ小さくて親べったりだからだろうか。
 カエデはたしか六月うまれ、この夏で、いくつになるのだったろう。八つか、それとも十。
 ハーフって、こどものうちは色素がうすくても成長するにつれて濃い方の色になってくこと、よくあるんだって。兄はそう言っていた。でも目ははじめっから黒いな、こいつは。まつげは薄いのに。こんなのもありか。そう言って笑っていた。
 そういえばカエデが家で、家族と何語で話しているのか、知らない。
 「おねさん?」
 カエデは私には日本語で話さなければいけないと思っている。私も、カエデには日本語しかつかわない。
 「いいよ買って」
 きょうは暑いからおやつは果物にしよう、そう提案したのは私だ。あんまり蒸すので、近所の食料品店の、冷房のきいた屋内で涼みたい思いもあった。カエデの背丈ではとどかない位置のビニール袋を取ってやって、やさしい叔母のふりをする。
 「おねさんみかん好き? なに好き、fruitsは」
 「みかんも好きだよ。どれがいちばん好きってことはないけど、カエデはどう」
 「みかん好き。それと、りんご。それと、あー、grapes。いちばん好き」
 「じゃあ買う?」
 「いらない。みかん食べたい」
 母親によく似たほおのラインにえくぼができて、私はカエデに好かれていることをあらためて知る。じぶんのなかに流れている血のはんぶんを、父親の血のつながりを私に見ている。仕事でいそがしい両親に代わって自分といつもいっしょにいる、父親に目もとのよく似た女性を、カエデはもし自分の顔がもっと日本人に近かったら、もしこんな顔だったら、と思いながら見ている。おさないなりの外国人へのあこがれは、カエデにとっては日本へのあこがれだ。
 「そうね、このところ暑いから、酸味のあるのがおいしいね」
 きっとカエデは酸味ということばを知らない。なのに私のことばににっこり笑って応える。
 皮の表面にワックスでも塗られているのか、みかんはどれもこれも不自然にきらきら光って、さわるとほんのすこし、手にのこる感触がある。手のひらにしっくりおさまるサイズのみかんを私はひとつとりあげて、そうしてまた山にもどす。カエデもひとつ、手にとってみたそのひょうしに、となりのちいさいのが山からすべりおちて、リノリウムの床にべたり、はりつくようないやな音をたてる。カエデがちいさな声をあげてショッピングカートの車輪の陰にかくれたそれをひろいあげる、いまの感嘆符は英語だった、カエデはoopsといってしゃがみこんで、そうしてみかんをひろいあげた。
 つやつやしたみかんをつかんだ手の、指がほとんどあまらない。山にもどそうとしたのをおさえて、
 「いいよそれ、入れちゃって」
と言うと、ふしぎそうにこちらを見る。
 「No、落ちたよ。きたない」
 いいから、と、かさねて言ってやる。カエデは首をかしげながらも頷いて、まだ青いところのほうが多いそのみかんを袋に入れる。
 「いくつ食べる、おねさん」
 「いくつでも」
 「たくさん?」
 「カエデの好きなだけ取りなよ」
 「おねさん、これfruits punchしよう。サツマみかんと、りんごと、それと、いちごとmixする。mixってなんていう
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