昼も暗い路地裏のアパートの一室。
ドアを開ければムッとした熱気と汗の匂いと血の匂い。
ワンルームの部屋に所狭しと置かれた道具に囲まれる様に1人の男が蹲っている。
年の頃は40代。細身で色が白い。真っ裸で両足を大きく開いた男を誘う女の姿体で、
足の間には老人が屈み込んでいる。老人の動に合わせて膝が震える。
時折ビクッと体が硬直する。汗がしたたり落ちる。
そして男の横には彼の痴態を凝視する壮年の男。
「痛いか」
「そうら痛いわ。皮膚の一番やわい所じゃけ」
壮年の男に答えたのは老人だった。
老人の本名は誰も知らない。和彫の刺青師で通り名を彫岳という。
現役をとうに引退しているがその腕を惜しむ声は今も多い。
壮年の男━━━米沢と言う━━━もその1人だ。老人の道具を買い取って
アパートに移し、こうやって仕事を与える━━━専ら彼の玩具として。
「痛いからゆうて止められんけの。米沢さん、よう押さえとけや。
筋彫りは一気にせなんだらいかんけ。・・・・可哀相にのう」
最後は、身体の最も敏感な箇所に筋彫りを施されている男に向けて発せられた。
「幾らあんたが偉い議員さんでものう、米沢さんに見込まれたら終いじゃけ。
この人は蛇よりか執念深い上、墨入れられよる男にしか欲情せんで。
幾ら何でも甲羅彫りまではせんじゃろうが━━━」
老人が男の内股に手をやったのだろう。男が低く呻き声を漏らす。
「こういう嫌らしい所へ彫られよるんじゃ。どこの女とも寝れんようにの。
あんたもなまじ奇麗な肌しとるで、顔だけじゃなしに。彫り映えよるんじゃ。
それに彫られとる時にええ顔しよるで」
「・・下衆共がっ」
荒い息の下から男が言う。米沢は鼻で笑って男の腹を撫で上げた。
「そうともさ。俺は下衆な人間だからお前さんみたいにお奇麗な人間が大好きなんだよ。
引き摺り降ろしたくなるんだ。クリーンな若手議員さんのスーツの下に俺の烙印が
押されてると思うとゾクゾクするね━━━おっと」
米沢が男の肩越しに身体を見下ろしてニヤリと笑う。
「お前さんも楽しんでるんじゃないか」
ピンと弾かれて男が息を詰まらせる。老人は手を休めないで喉の奥で笑う。
「そんなもん、身体中撫でくり回されよったら勃ちもしようよの。
その方が儂にも都合がええわ。興奮しよる身体は針も受け入れよるでのう。
ようよう可愛がっとってくれや、ほうでも達かせんようギリギリにな」
「勝手な事を・・ああっ!」
米沢による刺激と老人による針の刺激と。快感と痛みとを同時に与えられて
男の身体はのたうつ。
「諦めな。お前さんだって期待してたんだろう。
そうじゃなきゃヤクザの誘いにのこのこ付いて来るか?」
「違うっ!違う、は、あんっ」
「違わねえだろう。お前さんはな、奇麗なピカピカの世界に嫌気が差してて
俺みたいな下衆に引き摺り降ろされたくて待ち望んでたんだよ。
この真っ白い奇麗な肌を墨で汚されたかったんだよ」
「違う━━━違う━━━」
「動きよんなや。ええのんは分かるけどな。余計に痛いで」
ギリギリの所で達かせてもらえずに、自分でも知らない内に腰を振っていたのを
老人にピシャリと下腰を叩かれ男はブルッと震える。
羞恥だけでなく顔が赤く染まる。
「こいつが彫り上がったら帰してやるよ。何もなかった様な顔して家に帰りゃいい。
だがな。これで終わった訳じゃねえ。
これからお前はどんな時にも服の下の入れ墨が気になって仕方なくなるんだ。
誰と話していても、もちろん仕事の時にもな。
皆がスーツを通してお前の一番恥ずかしい所の入れ墨を見ているような━━━
いつでも皆がお前を視姦してる様な気分を味わえるんだよ。いいだろう。
お前は俺が見込んだ男だ。政治の表舞台に立つ日が来るさ。
日のある内は日の光を浴びてりゃいい。
明るい場所でクリーンな笑顔バラまいて、誰にも言えないで身悶えしてりゃいい。
その内どこにいても入れ墨が気になって、そうやって我慢できなくなって、
自分からここへ戻って来る様になるさ。
『もっと嫌らしいところを、墨で汚して下さい』ってな━━━」
米沢の腕の中で男が瀕死の魚の様に跳ねる。
男の抵抗を難無く押さえ付けて米沢は愛の言葉を囁く様に言った。
「大丈夫だよ。お前が堕ちてくる先には俺がいる。
お前は自分を嫌悪しながら━━━堕ちたくないと足掻きながら━━━
俺の腕の中へ堕ちてくるのさ」
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