月曜日、志信はいつも目覚ましに起こされる。
また1週間が始まるのか。起きたくない。大学に行きたくない。
そういう思いが彼を、ベッドに縛り付けるのだ。
といっても志信は学生ではない。無論教授でもない。
大学付属の資料館で雇われた、ただのアルバイトだ。
病気で会社を辞めてからブラブラしてた時に、お情けで卒業させてくれた
元指導教授に頼み込まれて、ノーとは言えなかった。
それでも、埃っぽい資料の山と格闘するだけならまだ我慢できた。
資料館には───出るのだ。
「お早うございます、仲野さん」
「お早う、織田君」
資料館は、図書館に併設されていて、鍵は司書の仲野さんが管理している。
決まった会館時間は無く、必要に応じて仲野さんが鍵を開けてくれる。
資料館と言っても、展示スペースは大きくない。ガラスケースが3列で、
後はスチール棚に標本の箱らしき物が積み上げてあったり、
ファイルが雑然と並んでいたりする。
志信の仕事は、10年前に作られた目録の修正と、
それをコンピュータに打ち込んで、データベース化する事だ。
この10年誰もしたがらなかった仕事。当然ながら、進みは遅い。
目録にあるのに資料館になければ赤ペンで印をつけ、逆に
棚にあるのに目録に記されていない物もリスト化して、
資料館に属するものなのか違うのかを確認する。
本来なら数人で手分けしてやりたい仕事だが、
時間がかかっても構わないと言われて、志信1人に任されている。
余程嫌なんだろう。
それとも、皆、この事を知っているんだろうか───?
資料館に入ると、カビっぽい臭いが鼻を突く。
志信が毎日出入りするようになって、これでも、マシになった方だ。
初日に入った時は、埃でむせて、強盗の様に、
ハンカチを鼻と口に巻いて仕事した。
資料を使われた事があるのかと訊きたくなる資料館。
というより倉庫だ。
金曜日に片した奥の棚に向かう。
今日は、見逃してくれるのかな。
棚一本分の整理を終わらせて、志信は安堵の息を吐いた。
元々、志信は、集中すれば仕事は早い。このまま、何事も無ければ、
この列は今日中に終わらせられるかもしれない。
ホッとしながら、作業を続けていた、その時。
上の段のファイルケースを戻そうと背伸びした瞬間、
『それ』が、来た。
ゾクゾクッ。
生温い、空気。生臭い様な甘い様な、腐る寸前の果物の臭い。
志信の耳元を掠めて、衿から流れ込む。
ザーッと鳥肌が立つ。
週末の間、会えなかったのを、懐かしむ様に、『それ』は、
志信を抱き締めた。粘ついた臭いに包まれて、吐き気がする。
目をギュッとつぶる。体に力が入らなくなって、倒れそうになるのに、
空気のクッションに支えられて、志信の体は、泳ぐ様に
空気の中で、揺れる。
「・・・ぁ」
風が吹いた。服の中に忍び込んだ空気が小さな粒になって、
体をくすぐる。鎖骨、胸、腹、ぴちぴちぴち、と、
炭酸の泡の様に、小さく、細かく、体を叩く。
志信は、スチール棚を握り締めて、頬を強く押し付けて、
その冷たさで、正気に帰ろうとする。
仕事を続けようとする。
しかし、『それ』は、容赦してくれない。
カタカタカタ、と体が震える。粟粒を体の表面に擦り付ける様な、
『それ』の感触。固くなったり、柔らかくなったりしながら、
志信の体中を這い回る。
ズルリ、
下着の下に潜り込まれた時に、志信は耐え切れなくなって、
ビクッと体を仰け反らせた。
上の棚で不安定な位置に置いてあった書類が、バサバサッと落ちて来る。
「織田君」
どこかで、自分を呼ぶ声がする。
声が、遠い。答えないとまずいのに、声を出せば喘ぎになりそうで、
答えられない。はっ、はっ、と、犬の様に浅い呼吸を繰り返す。
空気の粒が、志信の下着の中で、ぴちぴちぴち、と弾けていた。
逃げる為に腰を引いても、実体を持たない『それ』は、
志信の動きにそのまま付いて来る。
ベチャリ。
「ぁ、んっ」
突然、細かい粒状だった空気が一塊になって、縒り合わせた様に
なって、志信のペニスを掴み上げた。そして揉みしだく様に
巻き付いて、捏ねられる。
そうされている間にも、他の箇所を弄る空気の粒は体中を這い回る。
堪え切れなくなって、志信はガクッと膝をついた。
空気の塊が、獲物を食らう獣の様に覆い被さって来る。
空気が、確かな重量を持って襲って来る。太い物や細い物。空気の塊。
志信を縛り付け、首筋から鎖骨に降り、目に見えない無数の腕が、
志信を抱いて、抱きながら、撫で回す。
視界が暗くなった。
「織田君?」
「あっな、仲野さん・・・っ」
仲野の目にどう映っているのだろう。志信は考えようとしたが、
体中に与えられる刺激に、ガタガタ震えるばかりで、
考えがまとまらない。
こんな、埃っぽい資料室で。
顔を真っ赤にして。
座り込んで、腰をもじ
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