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バナナプレー!

「シェアしない?」
社員食堂で賃貸情報誌を読みながら飯を食っていた時に、そう声をかけられた高橋は、目も上げずに「パス」と即答した。いくら住む所に困っていても、こいつと同居だけはごめんだ。
「つれないな」
顔を上げなくても声だけで分かるのは親しいからじゃない。コンビを組まされて半年にもなれば嫌でも覚える。確かに仕事はできる。だけど付き合いは会社だけ。一歩会社を出たら半径50メートル以内に近付きたくない。
小沢由清(おざわ・ゆきよ)という、女のような名前が全く似合わない男っぷり。今も、食堂に入って来た瞬間に女子社員の視線が集中し、それからずっと、こいつの動きに合わせて視線が移動するのが感じられる。
高橋は、自慢じゃないがウサギと亀で言えば亀タイプ。それも最終的に勝利を手にするところまでなかなか行かない要領の悪い男だ。そして小沢は居眠りをしないウサギタイプだ。それでいて同性の妬みも買わない得な性分。
高橋がこの同期の事を蛇蝎のごとく嫌うのにはそれなりの理由がある。
「通勤時間今どの位?うちからなら電車で2駅だよ」
「パスって言ってる」
「俺、料理も上手いんだよ。こないだは食わせてやれなかったけど」
ビクッと高橋の背中が緊張した。言い返そうとするのだが、言葉が出ない。
「まさかあんな所でお前に会うとは思わなかったから、こっちもちょっと焦ったな」
それはこっちのセリフだ。就職と同時に親元を離れて2年、誰にも言えずに1人で悩み続けていたのに、こんな形で露見するなんて。雑誌で調べて、なるべく会社から遠い店を選んで、勇気を振り絞って初めて行ったゲイバーで、よりにもよってこいつと会うなんて。
あの日、元々強くもない酒と、初めての男ばかりの空間とムードに酔っていい気分になっていた高橋は、隣に座った男と意気投合して、誰にも言えずにいた自分の性癖の悩みをポツリポツリと話し始めていた。顔も思い出せない男は優しく、話を聞いてくれた。酒も驕ってくれた。甘いカクテルは口当たりが良くていくらでも飲めた。段々ボーッとして、男が体を触って来るのも、ちっとも気持ち悪くなくて、ああ、やっぱり自分は男が好きだったんだと、ほんの少しの自己嫌悪と自暴自棄と、それを上回る安堵感に浸っていた。
その内男があからさまにホテルに誘って来た。そこまでの覚悟は出来てなかった高橋は、躊躇したが、立ち上がった男に手を取られて、ふらついて倒れ込んでしまった。抱き止めた男はそのまま高橋を引き摺るように店を出ようとした。
どうしよう、と狼狽しながらも、頭の隅で、もう、どうしようもないかもしれないと諦め気分になっている高橋の耳元に、男の熱い息がかかる。嫌悪感はなかった。男にすがり付いて体勢を立て直した高橋は、男の肩越しに、自分を凝視する目を見つけた。
固まってる自分に、カウンターの奥の席にいた小沢は親しげに声を掛けて来た。焦って男の腕を振りほどいたその時から、小沢は、高橋にとって、何をおいても忌避すべき男になった。
「・・・口止めなら、必要ない」
「そんなつもりじゃないよ」
「じゃ、どんなつもりだって言うんだ」
「高橋のこと、脅そうと思って」
思わず顔を上げると、屈託ない笑顔で小沢が笑っていた。
「どう言う事だ」
「どう言うも何も、言葉通りだよ。ちょうどペットが欲しかったんだ」
「━━ペット?」
「そう。俺の言う事を何でも聞く可愛いペット。高橋がペットになってくれたら最高だと思ってたんだ。どうやったら俺の物にできるか色々考えてたら、お前の方から飛んで火に入る夏の虫って奴。新しい店を開拓しようと思ってたまたま行ったんだけど、ラッキーだったな」
「・・・」
「大人しそうな顔して、夜毎に男を漁ってるなんて噂立てられたくないだろう?」
「違うっ。あれは・・・あの日が初めてだっ」
「何人が信じてくれるか試してみる?」
「・・そ、そんな事言ったって、お前だって同じ立場じゃないか」
「本当にそう思う?」
キラリと光る小沢の目を見て、高橋は確信した。こいつならきっと、ゲイバーにいた事も、何か上手い言い訳を思い付くだろう。自分とは違う。問いつめられたらきっと自分はパニックになって何も言えなくなる。現に今だって、余裕綽々の小沢に何も言い返せない。
「だから高橋、うちに来いよ。バラされたくないだろう?だからシェアしよう━━秘密を」


荷物は殆どない。家具は揃っているからと言われて、指示されるまま売り払ってしまった。スポーツバッグとトランク1つで高橋は小沢のマンションに移った。
「服を脱いで」
「靴を脱いで」と言われたのかと思って、高橋は頷いて靴を脱いで揃えた。そして中へ入ろうとした高橋の頬を小沢が打った。
「な━━」
「聞こえなかったの?服を脱ぎなさい」
笑顔で繰り返す小沢に、ゾッとする物を感じながらも高橋は抵抗を試
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