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愛奴

「今帰ったよ、周。どこにいるの?」
ケーキの箱をぶら下げて帰って来た章雄が機嫌よく玄関で声をかけたのに、
いつもだったら迎えに出てくる筈の周の姿がどこにも見えない。
あれ?と首を傾げて、章雄はすぐに思い至った。
2週間に1度、周は息子を連れて市内の病院に義理の母親の見舞いに行くのだ。
もうすっかりボケていて、周の事も分からないらしい。
自分を捨てた娘の婿とその子しか見舞いに来ないなんて、淋しい老後だな。
それとも、誰か来るだけましなんだろうか。
ケーキを冷蔵庫に入れていると、「たっだいま〜。周、イイ子にしてた?」と
晴雄の脳天気な声が玄関から聞こえてきた。あいつも忘れてやがる。
「周、お土産買って来たんだぜ・・・と。あれ、アキ?」
「周と円ちゃんならまだ帰ってないよ」
「え?ああ、そうか今日は高川参りの日だったっけ」
せっかくイイモノあるのになーと晴雄が白い箱を指で弾く。
「何だソレ」
「ウチの新製品。媚薬入りミントキャンディー。たったの一粒でどんな淑女もメロメロ・・・の、
メンズタイプ。終わりたくても終われない元気ボーイのスーパーパワーが再び!何つって」
「淑女って・・・センスないなーハルントコのコピーライター」
章雄のイトコである晴雄はアダルトグッズ会社で日々新製品の開発に勤しんでいる。
丁度会社がメンズに力を入れ始めた時期に周に出会ったので、
周を実験台に幾つかのヒット作品を製作して、入社2年目ながら開発部のトップに君臨している。
「そう思うんならアキが何か書いてくれよ」
「ばぁか。俺のターゲットは夢見る頃を過ぎても王子様を夢見ずにいられない
女性群だぞ。アダルトグッズのコピーなんか書けませんてば」
章雄は本業は大学生だが、1年の時に気紛れで応募したエッセーの賞に
引っ掛かって以来、エッセーやちょっとしたコラムを小遣い稼ぎに書いている。
顔の良いのも相俟って、20代後半から30代のキャリア系女性に
ジワジワ人気を集めている。2人は誕生日がたった2週間違いで家も隣同士で、
昔からイトコというより兄弟みたいにして育って来た。
それで章雄の大学進学と晴雄の就職を機に、2人で上京して同居を始めたのだ。

「にしても周、まだかなー。これ結構自信作なんだぜ。
試作品の時だって結構イイ反応だったじゃん?」

「ああ、あれか。もう製品化したのか。随分早かったな」
あの時の周の反応を思い出して章雄はクスッと笑った。
その時玄関から子供の足音が響いて来た。次いでドアが開く音。
「ただいま」
「お帰りなさい」
「ただいま。遅くなってごめんなさい」
「周。口開けて」
えっ?と首を傾げながらも素直に開いた口に、晴雄はキャンディーを放り込んだ。
「えっ何コレ・・・飴?」
「ミントキャンディーだよ」
箱を示すと、円ちゃんが、
「まどちゃんもキャンディー欲しい」と身を乗り出した。
「いいよ。何の味がいい?イチゴと、オレンジと、」
「おい、ハル」
「まどちゃん、イチゴがいい」
「イチゴね。はい」
「ハル!」
「大丈夫だよ、一粒位。じゃ、俺等食事の支度してっから」

「おい、子供にあんな・・・マズイだろう」
「大丈夫だよ。あれただのキャンディーだもん」
「えっ?」
「媚薬入ってんのはミントのだけ。他のは普通のキャンディーなんだよ」
チラッと2人の方を見ると、成る程、円ちゃんはいつも通りだ。
親子と言うより年の離れた兄妹にしか見えないのも仕方ない。
円ちゃんは周が高校生の時の子なんだから。
16才の時にOLと大恋愛をやらかした周は、相手が妊娠してるのが分かった途端に
高校を中退して18になるのを待って籍を入れて19で相手に逃げられた。
実家には勘当されてて、乳飲み子を抱えてパン屋の住み込みやってたのを
章雄が一目惚れして、衣食住の保証で釣って、親子ぐるみで居候させて現在に至る。
正確には、章雄と晴雄が周と円ちゃんの衣食住を保証する代わりに、
周は2人と、大きな声では言えないある契約を結んでいる。
表向きは晴雄の開発するグッズのモニターだが、実際は2人の愛奴。
なんつーか波乱万丈の人生だが、本人はあんまり悲愴に思ってないようだ。
ちょっと頭の造りが緩いって言うか、章雄に言わせると天真爛漫って言うか、
明日は明日の風が吹く、みたいな感じで最初は変な奴だなーと晴雄は思ったが、
実験台には最適だし、いつの間にか揃って2人で周にハマってる。
中華鍋を片手に章雄が呼ぶ。
「周。円ちゃん。おいで。できたよ」

食事が終わる頃には周は首まで赤くなっていた。晴雄はニヤニヤしてる。
「周。どうしたの。顔赤いね」
章雄も知ってて優し気に声をかける。
「うん・・・何だろ。風邪かなぁ」
「じゃ、今日はお風呂は止めにしときなよ。円ちゃん、
アキ兄ちゃんとお風呂入ろう。ハル、周を見てやっ
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