「冬花火を見に来られたんですか? 西藤さんのお知り合い?」
喫茶店で、メニューと水を持ってきてくれた40がらみのウエイトレスに話しかけられた。首をかしげた小原にかわって、西藤が笑顔で答える。
「ええ、こちら写真家さんなんですよ。ねえ小原さん」
彫のふかい日本人ばなれした顔だちの彼女が、感心したように目を見ひらくのへ軽く会釈してメニューを受けとる。
彼女が行ってしまったあとで、西藤が説明してくれた。
「いまの時期に来るひとって、ほとんどが冬花火が目当てなんですよ」
花火と言えば夏のイメージがありますけど、冬の花火もきれいなんですよ、と水を飲みながら西藤が言う。その視線が窓のむこうをじっと見ている。
「続煙火って大きな花火屋さん、花火の会社があって」
五年ほどまえから、その続煙火が中心になって冬の花火大会が催されているのだという。
「最近代替わりしたんですけど、そこの四代目がいろいろと新しいことをやってるんです。冬花火も四代目の街興し案で」
「それは、おもしろそうだね。わかっていればカメラを持ってきたのに」
「え、でも小原さん」
西藤が目を細めるようにして小原の手の中のデジカメを見る。苦笑して、教えてやる。
「これはおもちゃだよ。花火を撮るのには向いてない」
「デジカメじゃ撮れないんですか」
「そんなことはないよ。撮れるものもある。これは無理だけどね。三脚も持ってきてないし」
人や風景と撮るのとちがって、花火みたいな光の動く筋を撮影する為にはシャッター速度を調整しないといけないんだよと説明すると、わかったようなわからないような微妙な顔つきでうなずく。
写真家といっても、小原は仕事でこの街を訪れたのではない。おおきな仕事をひとつ終え、温泉街でのんびりするつもりでいたので仕事道具など持ってこなかった。デジタルカメラは恋人の持ちものだった。
ほんとうは、ふたりで来るはずだった。
年上の恋人。おたがいに忙しく、めったに会えない。それでもスケジュールをやりくりして、なんとか休みを取って、おたがいに知り合いのいないこの街で落ちあう約束をしていた。旅先でばったり会ったふりをして、ふたりで街をぶらぶらして、てきとうな宿に泊ろうと話しあっていたのだ。
旅行のために荷物をまとめていた小原の耳に、それはいきなり飛びこんできた。つけたままになっていたテレビから流れてきた恋人の名前は、若いアナウンサーが棒読みするニュースのなかで、三名の被害者のうちひとりとして、ごく機械的に読みあげられた。
コンビニに薬物中毒者が押し入り、出刃を振り回したのだ。腕を切り付けられた女性をかばった彼は、犯人にめった刺しにされ、病院に搬送されてまもなく息を引き取った。そして葬式に出ることすらかなわない、家族でもない小原に遺されたのは、彼が小原のマンションに忘れていったこのデジカメだけだったから、小原はひとりこの街に来たのだ。彼の遺品とともに。
「御注文、おきまりですか」
ウエイトレスの声に小原が顔をあげると、西藤が気づかわしげにこちらを見ていた。あらためてメニューに目を走らせ、注文をすませる。そうして西藤に視線を戻す。
似ていないのに似ている。恋人とは顔だちも、年齢も、声すらも似ていないのに、目のまえにいる青年は小原のもっとも愛したひとを思いださせる。だからつい、シャッターを押してしまったのだ。彼の遺したデジカメで、見知らぬ街で、はじめて出逢った青年に向けてシャッターを切ったのだ。そして振りかえった青年に、声をかけたのだ。
よければ、このあたりを案内してくれないかと。
そうして街を歩きながらぽつりぽつりと話をするうちに、おたがいに、他人には言えない性癖の持ち主であることを相手のことばの端々から嗅ぎとり、共犯者めいた感情から親しみを覚えていった。西藤は東京の広告代理店勤めで、友人の結婚式に出席するために地元に里帰りしているのだといって、自分が泊っている宿を紹介してくれた。
あぶなげない手つきでトレイを持ってきたウエイトレスが、オーダーをふたりの前に置く。
窓の外では、また粉雪がちらつきはじめていた。
宿に戻って、食事を終えてしばらくしたころ、西藤が呼びにきた。
「お風呂、はいりませんか」
昼過ぎから降り出した雪はまだ止んでおらず、そのせいか露天風呂には人はいなかった。湯に浮かべられた木舟に大ぶりの徳利が載せられているのに目をやると、頼んでおいたんですよ、と西藤が笑む。
「きみ、いける口?」
「まあまあですね」
ザルだのワクだのと呼ばれている小原ほどではなかったが、西藤も顔色の変らない質らしかった。差しつ差されつするうちに外はすこしずつ暗くなってきて、湯気と雪との白さが際立ってくる。
大粒のぼたん雪が酒にほてった肌に心地よい。すべらか
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