昔むかしあるところに、りっぱな伯爵がありました。伯爵にはうつくしい夫人があり、ふたりはとても愛しあっておりましたが、子どもはありませんでした。夫人が若いころに重い病を得、主治医にもおそらく子どもをもつことは無理だろうと言われていたのです。
ふたりとも子どもをほしがっておりましたが、伯爵は夫人を思いやって、子どもをほしがるそぶりを見せることはありませんでした。
ある冬のこと、伯爵と夫人が馬車で屋敷に帰るとちゅう、すっかり雪におおわれた山にさしかかりました。
高い山を三つこえたところで、夫人が伯爵に言いました。
「この山の雪のように白い肌の子がさずけられれば、どんなにすばらしいことでしょう」
伯爵は夫人をあわれに思いましたが、なにも言いませんでした。
やがて馬車は森に入りました。高い木が陽をさえぎります。
森をぬけたところで、馬車の上を三羽の黒鶫が鳴きながら飛んでゆきました。夫人は言いました。
「あの黒鶫たちのような黒い髪と瞳の子がさずけられれば、どんなにすばらしいことでしょう」
馬車が屋敷に着きました。ふたりは馬車をおり、屋敷に入ろうとしましたが、そのとき伯爵夫人が柊の木のまえで足をとめました。夫人は紅い実をひとつぶ取って言いました。
「この柊の実のように紅いくちびるの子がさずけられれば、どんなにすばらしいことでしょう」
伯爵は、夫人の肩をそっと抱いて屋敷に入りました。
ところが、それからほどなくして、夫人がみごもったのです。ふたりはこのことをとてもよろこび、冬の神にさずかったのだからと、生まれてくる子に「雪」のつく名をつけようと相談しておりました。
そして、あくる年の冬、待ちに待った子が生まれました。ほんとうにその子は、あの山の雪よりも白い肌をしており、黒鶫の羽よりも黒い髪と瞳をもち、柊の実よりもっと紅いつややかなくちびるをしておりました。伯爵夫妻は子どもの誕生をとてもよろこびました。
しかしひとつだけ、こまったことがありました。生まれてきた子は男の子だったのです。
じつは、この国の王には子どもが四人ありましたが、みな女の子であったため、王は養子を望んでおりました。娘のひとりと結婚させて国を継がせようというのです。生まれた子が男だと知れれば王にその子をさしださねばならないでしょう。もし断れば、わるくすれば謀叛をくわだてているとされ、子どももろとも殺されてしまうかもしれませんでした。
ふたりは思いなやんだすえ、子どもに「白雪」と名をつけて女の子として育てることにしました。
さて、白雪はとても愛らしい子に育ちました。まっしろな肌はどれだけ陽のもとにいても灼けることがなく、まるで冬の雪のように、みずから光りかがやくようにさえ見えましたし、きれいに編みこまれた長い黒い髪はつややかで、まるい黒い瞳はいつもなにかしら楽しみを見つけてくるくるときらめいておりましたし、そして子どもらしくぽっちゃりしたくちびるは、いつでも紅く、朝露にぬれているようでした。
伯爵夫妻は白雪をとても愛し、とても大切に育てました。白雪が男の子であると知られないように、ほかの子とあそぶことを禁じておりましたが、そのかわりに白雪がほしいと言ったものは惜しみなく与えました。
めったに人前に出ることのない白雪でしたが、それでもその愛らしさは国じゅうの評判になっておりました。ごくまれに、城のもよおしなどで王じきじきに招ばれたときに見られる白雪のすがたは見るものの息をとめさせずにはおきませんでした。国じゅうの、いえ近隣の国からさえも、まだ幼い白雪に縁談がもちかけらるほどでしたが、伯爵夫妻はそれを受けるどころかますます白雪を人目にふれさせないようにするものですから、いつか白雪はその美しさのあまり魔王に魅入られて、伯爵夫妻がそれを阻止しようとして人前に出さないのだと噂が立つほどでした。
もっとも当人はそんな大人たちのうわさ話など知るよしもなく、ただ、友達がいないことをさびしく思うばかりでした。
「おとうさま、おかあさま、なぜわたくしはほかの子とあそんではいけないのですか?」
むじゃきにたずねてくる白雪になにも言えず、伯爵と夫人はいつも悲しい瞳で答えるばかりでした。それがいくどかつづくうち、やがて白雪はたずねることをしなくなりました。
人にほとんど接することを許されない白雪の遊びあいては、いつでも森の動物たちでした。淡い色のドレスに身をつつみ、いつも白雪はひとりきり、猟師さえも足を踏みいれることのすくない森の奥深くで小鳥や野兎、狐といった生き物とたわむれておりました。おさないころから森をおそれることもなく、動物たちと森を駆け、喉がかわけば森の奥ふかくにひっそりわき出ている泉の水をのみ、つかれれば木陰にねむるのでした。
白雪が
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