その王国はとてもちいさく、そしてとても平和でした。のぼれば国がすみずみまで見わたせる高い塔のある城があり、その塔のてっぺんには鐘がありました。朝と夕とに鐘が鳴り、その音が国じゅうに響きわたる、それはとてもちいさな王国でした。
その王国は国民に慕われる国王が統べており、国王にはうつくしい妃とふたりのうつくしい王女、そしてかわいらしいひとりの王子がありました。三人とも母ゆずりのやわらかい金の髪に父とおなじ深いみどりの目をもっておりました。ふたりの王女は腰までとどく髪を孔雀の羽で飾り、よくとおるうつくしい声で歌うすがたは金の小鳥にたとえられておりました。王子はやんちゃで、けれどちいさなからだで跳ねまわるすがたと愛らしいくちびるでさえずるようにしゃべる声は、金のちいさな鈴にたとえらえておりました。
この国は三つの大きな国に囲まれておりましたので、国王は二人の王女をそれぞれ隣国の王子と結婚させるつもりでおりました。そうすれば、なにかあったときにも隣国がこの平和な王国を守ってくれると考えたのです。王も妃も三人の子をひとしく愛しておりましたが、王はときおり末の息子を見やり、むすめが三人であれば、三国に嫁がせられるのにとも思うこともありました。
王子は塔が好きで、よくひとりでのぼっては、あきもせずに山々を見わたし鳥の歌を聞いておりました。姉たちをさそうこともありましたが、上の姉は高いところが苦手で、下の姉は上の姉といっしょでないとどこにも行きたがりませんでしたので、王子はいつもひとりで塔にのぼりました。
むかし、この国がいまよりずっと大きかったころ、国民と王族に敬われていた偉大な魔法使がいて国を守っていたといいます。その魔法使がなくなったとき、かれを偲んでこの塔が建てられたのだと伝えられています。いまは領土もずっとちいさくなりましたが、この塔はいまもこの王国と王族を守っているのだと伝えられています。おさないころからその話を聞かされて育った王子は、おさないころから日課のように塔にのぼっては、風に髪をなぶられ鳥の歌声を聞くことをたのしんでおりました。
塔にのぼると、風はつめたく強くふいてとても気持のいいものだと王子は思っておりました。じぶんの国がどれだけちいさいかもよくわかりましたし、けれど大きい国にもちいさい国にもひとしく雨が降り風の吹くことも、王子はずいぶんとおさないころから知っておりました。下の姉の好きなきらきらした髪飾りも、上から見れば雨粒よりちいさく見えましたし、母のたいせつにしている杏の木の実がいつ食べごろになるのかも、国のだれよりも早く王子は知っておりました。
父も母も王子が塔にのぼることを止めることはありませんでした。かえって毎日を塔の上ですごすような子であるなら、星見の学問を学ばせるか神官になるために神殿へやって学ばせるのがいいだろうかと考えるほどでした。上ふたりの王女は大国に嫁がせられますが、王子ではそうはゆきません。このちいさな国になにかあったときに、まず狙われるのが男の子である王子でしょう。国王は戦をおこして国をおおきくすることは考えませんでしたから、ちいさな国が平和であるために、そしてもし平和でなくなったときのために、国民のこととひとしく子どもたちのことをあれこれと考えておりました。
王子が十二のときに上の姉が隣国の王子に嫁ぐことになりました。隣国から多くの馬と楽隊がおとずれ、七日と七晩にわたって盛大な招きの宴が催されましたが、王子は祝いの席をぬけだして、毎日塔にのぼっておりました。
塔の上からながめると、あれほどにきらびやかな祭りの列も母の首飾りほどにしか見えず、王子はくすくすと笑いました。姉も、姉がうっとりと見あげていたすらりと背の高い隣国の王子も、どこにいるものやらわからないほどちいさく見えるのです。
そのちっぽけな列が隣国へゆっくりと進んでゆくのを、王子は塔の上からじっと見ておりました。
王子が十五のときに下の姉に隣国の第一王子との結婚話が持ちあがりました。上の姉が嫁いだ国にも隣にあたる大国の王が、わが子にぜひと申し出があったのです。下の姉は前々からその国の王子のことを好いていると言っておりましたので、王と妃は、これで上ふたりの身は安泰だと喜んでおりましたが、かんじんの王女はなぜかうかぬ顔をしております。王子がたずねてみても、悲しそうに首をふるばかりです。
ある夜、王子はいつものように塔へのぼって星をながめておりました。しばらく星をながめていたのですが、そのうち空がくもりはじめ、雨がふってきました。これはいけないと思って王子は塔をおりることにしました。
石の階段をおりきって、さて外に出たものかと雨をみながら考えていると、どこからか歌が聞こえてきました。
わが国の宝、愛らしい王女
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