「わたしを食べればおまえは不老不死になれる」
女が飯をよそいながら、なんでもないことのように言う。
「秘薬をもとめてここに来たのはおまえがはじめてではない。いままでにも幾人もたずねてきた。不死になる術をさがしているのでもなければこんな山奥の、こんな山姥のところにまで来ない」
山姥と己を呼ぶ女は、しかし年老いてはいなかった。いって三十五か六、もしかするとかれより若いかもしれない。
不老不死の妙薬をもとめてかれが里をはなれたのは、医者にもさじを投げられたわが子のためだった。
大雪の夜、一晩の宿を請うたかれを女は家にいれ、今日で三日、雪は止む気配を見せない。
女はかれに飯を食わせ、夜は床をともにした。女の肌はやわらかくかれを受けいれた。
「おまえは物怪か」
物怪の肉には不思議な力があるとかれは聞いたことがあった。
「わたしにも子があった」
問いには答えず女は語りはじめた。
「うまれつき腰がすわらなくて、歩けるようにはならないだろうと言われていたが、よく笑うかわいい子だった。父親はその子を見て逃げたから、わたしはひとりで子を育てた。そのうちに男が通うようになった。わたしと添いたいと言ってくれたが、子がなつかない」
女はかれを見ないでつづけた。
「男はわたしの子を舟にのせ、沖で海につきおとした。わたしは知らなかった。あの子がおぼれてわたしに助けをもとめながら、たったひとりでしずんでいっているとき、わたしはなにも知らないで子を殺した男に抱かれていた。なきがらはその日のうちに岸に流れついた」
女が顔をあげた。
「わたしの村には言いつたえがある。自分を愛した者を食うと不老不死になれるという。死んだ子の墓をまもりつづけるために、わたしは永劫生きていようと思った。そうしてわが子を食って鬼になった女はいまも子の墓をまもっている。‥‥ずっとそうしているつもりでいたが、旅人がわが子を救いたいという。ひとの心を捨てたはずの鬼が、いまはじめて死にたいと思った」
女がつと立って、奥へひっこんだ。ややあって戻ってきたその手には出刃が握られていた。
「生きていればおまえくらいの年の子だ。わたしを食って里に帰るがいい。そうしておまえの肉をその子に食わせればその子はたすかる」
答えないかれに刃をつきつけて女は笑った。
「わたしは死んであの子に会いにいく。おまえは生きておまえの子に会いにいくがいい」
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