気が付くと青森行きの切符を握り締めていた。
『結婚しました』
と、その一言だけが直筆の、ワープロで印字されたそっけない転居の知らせ。
男同士で、どうにもならない事は分かってた。期待したりはしなかった。
あいつを追い掛けて同じ大学に入ったのだって俺の勝手。
だけど、それでも。
心の片隅の、どこかで俺は信じていたんだ。
いつか振り向いてくれるって。
別に青森じゃなくてもよかった。
あいつがどこかの女と一緒に暮してる、この東京から1メートルでも遠い
どこかへ行ってしまいたかった。そう思って後先考えずにアパートを飛び出して、
夜行列車の切符を買ったんだ。遠ければどこでもよかった。
青い線の入った白っぽい列車がホームに滑り込んで来る。
ずっしりと重い荷物を肩に担いで俺は乗車した。
デイパックの中には着替えの他に、弁当が2つと缶ビール、
それから缶のお茶まで5本も入っている。
乗車時間が長いから多めに用意しなさいと売店のおばさんに言われたのだ。
鬱々とした心境に不似合いな滑稽さに笑い出したくなる。
傷心旅行に出るというのに、弁当を2つも買い込んで、デイパックをパンパンに
膨れさせて、これじゃまるでやけ食いだ。
申し訳程度にしかリクライニングにならない2人掛けの固い座席に背中を預けて、
デイパックからウォークマンを取り出す。イヤホーンから流れるラブソング。
いつの時代もヒットするのは衒い無く愛を叫ぶ歌ばかり。
つと、目の前が陰った。
目を上げると、人の良さそうな微笑みを浮かべた、俺と同い年位のヤツが
立っていた。イヤホーンを耳から外して、「何ですか?」と聞く。
「ここ、いいですか?」
「どうぞ」
そいつは俺の前の座席に座ると、傍らに俺のと同じようなデイパックを置いた。
やはりパンパンになっている。こいつも弁当を2つ買っているんだろうか。
肩が細い。スポーツとかあんまりやってなさそうな、薄っぺらい体をしてる。
またイヤホーンをするのは失礼だろうかと迷っていると、声を掛けられた。
「帰省ですか?」
「いや、旅行しようと思って」
「大学生?」
頷いて1年だと言うと、ニコッと笑って自分は2年だと言った。
でも早生まれだからタメ口でいいと言った彼は高木繁と名乗った。
慌てて俺も自己紹介すると、カッコイイ名前だなと答える。
新島久継。継の字は書きにくくて子供の頃嫌いだったと呟いたら、
それは自分もだと言ってまた笑った。
「高木さんは・・・」
「繁でいいよ」
「繁さ・・・繁は、帰省?」
「そう。休みはいつも実家の手伝い。大鰐温泉ってトコだけど、知らないよな。
弘前の近く。久継はどこまで?」
「あ、青森」
「1人旅?」
「うん」
その時車内放送が出発を告げた。繁の言った地名は弘前の1つ前の停車駅らしい。
オオワニオンセンという間の抜けた響きが何故か懐かしい。
午後9時過ぎ。ゆっくりと、列車が走り出す。
繁は年上とは思えない位はしゃいだ人懐っこい奴だった。
俺が聴いていたウォークマンを一緒に聴きたがり、片耳ずつイヤホーンを
つけて聴いて、これは自分も好きな歌だとか、これはどうとか、
1曲ずつコメントをつける。そうこうしてる内に腹が鳴り出して、
俺達は顔を見合わせて笑って飯を食う事にした。
驚く事に、奴はおにぎりだけしか持っていなかった。しかも1つだ。
幾ら俺より小さいからといって、若い男がコンビニのおにぎり1つで
朝まで持たないだろう。家で食えるからと言うのを半ば無理矢理に弁当を
1つやり、ビールもつけてやると目を輝かせた。
「ウチ仕送り無しだから。けっこうキツキツなんだ」
帰りの切符代だけは親持ちだけど、と繁は2本目の缶ビールに手を伸ばしながら言う。
2人で3本のビールを開ける頃に、福島に着いた。
「せっかく停車時間10分以上あるんだから、外に出よう」
酔っぱらいに引っ張られてホームに出る。夏の夜だが夜風は涼しく、
火照った頬に心地良い。視線を感じて隣を見ると、繁がこっちを見てた。
視線が合うと、ニッと笑う。
「久継は、訳ありの旅行?」
「・・・えっ」
「上野出る時、随分難しい顔してたから。今も誰か思い出してたみたいだったし」
沈黙の後、俺は頷いた。ビールで気が弛んでたのかもしれない。
「うん」
屈託の無い笑顔を見てる内に、何だか自分の悩みがどうでもいい事のように思えて来た。
高校の時からあいつしか見えてなくて、友達も作らずにひたすら勉強して、
同じ大学に受かった時は天にも昇る心地でいたけど。
ただ見てるだけで良かったなんて、自分を誤魔化しながら。
こんなふうに、あいつ以外の人間を真正面から見る事を、
俺は随分長い間忘れてた気がする。
列車に戻ると、繁はデイパックをゴソゴソ探り始めた。
何をしてるのかと思ったら、出て来たのは薄手の布地。
「キャ
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