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しにがみさま

しにがみさま

   ×月×日
   しにがみさま。
   しのは死にたくない。
   おかあさんを殺してもいいから、
   だから、しのを殺さないでください。

 猫のキャラクターのついたノートに赤いペンで書かれた文字。ページの真中あたりに、マンガ字というのか丸文字というのか、とにかく女の子がよく書くような丸っこい字で五行、字のかわいらしさに似つかわしくない内容が記されている。
 私たちの名前も出てきますよ、と金坂が言いながらページを繰る。一ページに一日分、日付は連続してはいないようだ。

   ×月×日
   しにがみさま。
   しのは死にたくない。
   金坂先生を殺してもいいから、
   だから、しのを殺さないでください。

   ×月×日
   しにがみさま。
   しのは死にたくない。
   三浦先生を殺してもいいから、
   だから、しのを殺さないでください。

 「しの、って高木梓乃じゃないですよね」
 「低学年には書けませんよ、こんな細かい字」
 一年生の中でもひときわ幼い少女の筆跡を思い浮かべながら三浦は首をふる。塾の事務室にはもう三浦と金坂しか残っていない。
 神妙な顔で、ご相談が、なんて言ってくるから何事かと思ったら。
 「先生が見つけられたんですか」
 「ええ、掃除の時に」
 最近の子は殺すとか死ぬとか平気で書くんでしょうかね、テレビの影響ですかねと唇をゆがめる金坂は三十そこそこ、自分だってテレビ・マンガ世代だろうにと三浦は思う。
 「気にする程の物じゃないと思いますよ」
 いまにも犯人探しを始めかねない金坂に、やんわり言ってノートをぱらぱらめくり、興味ないそぶりで閉じてみせる。不満そうな目に、先生の反応のほうがよほどど変なドラマの影響を感じさせますよと言いそうになる。
 「これは預かっておきます」
 ほうっておいたら生徒を集めて読みあげるくらいのことはやりかねない。笑ってつけ加える。
 「大方ゲームか何かですよ。記入に規則性があるし、たぶん詩でも書くようなつもりで書いたんじゃないかな」
 金坂を帰らせてから三浦は改めてノートを開いた。きっちり揃った文は詩のようでもあるが、赤で書かれているのが気になる。三浦の若い頃は赤いペンで名を書くと不幸を招くと言って嫌った。最近はどうなのだろう。

   ×月×日
   しにがみさま。
   しのは死にたくない。
   おとうさんを殺してもいいから、
   だから、しのを殺さないでください。

 高木梓乃は両親をパパ、ママと呼んでいる。三浦は名簿から「しの」のつく名前を拾ってみた。五年の篠原萌実、あの子の一人称は「私」で周りには「メグ」と呼ばれている。中二の井川椎名、「しいな」が「しの」になるとは考えにくい。
 三浦が個人で経営している塾には生徒は小中学生あわせて二十人もいない。小規模なこともあってか、三浦の知る限りいじめなどはない。
 念の為教師の名も確認してみたが、それらしい字面は見当たらなかった。

 数日後、金坂があのノートを見せてくれと言ってきた。小中学生に赤いペンで願い事を書くおまじないが流行しているのだという。
 三浦はノートを取りだして、あることに気づいた。日付は二月半ほど前のものが最後になっている。
 「おまじないだとしたら、この子の願い事は叶ったってことじゃないんですか」
 もういいじゃありませんか、と言い添え、金坂が何か言う前にノートをしまった。

 新年度が始まってしばらくしたある日、三浦はあの赤いペンの筆跡に再会した。
 家に届いた一通の手紙は、昨年末まで塾に通っていた塚本という生徒からのものだった。親の離婚で中学の卒業間際に急に引越していった少女は、今は祖父母の家にいるという。封筒には渡辺亜由美と書かれていた。母方の姓だろうか。
 今は学校には行っていないが落ち着いたら定時制の高校に行くつもりだ、という文面に、ふっくらした頬と穏やかな表情を三浦は思い出した。勉強嫌いの子ではなかった。
 便箋の二枚目は、これは先生だけに教える秘密です、という文で始まっていた。本当は今すぐでも学校に通いたいけど、でも私、もうすぐお母さんになるんです。丸っこい字は踊っているようだった。
 夏の終わりに生まれる子の名は「忍」にするのだと、妊娠初期からその名で呼びかけていたのだと、男でも女でもそうつけると決めているのだと手紙は知らせていた。子どもを産むために引越したことを、少女らしい饒舌さで認めていた。
 恐らく亜由美は胎児に「しの」と呼びかけていたのだろう。生まれたいよね、しのは死にたくないよねと語りかけていたのだろう。
 手紙の最後には、付け足しのように母親が亡くなったことが書かれていた。最後まで出産に反対していた母親が引越してすぐに亡くなったが、祖父母が
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