利洋が学校から帰ると、居間のソファで利規がうたたねしていた。ふだんは家族にも隙を見せない弟のそんな姿に、そういえば、と利洋はいやな気もちになった。
青木さん、今日いないんだっけ。
そっと弟のそばまでよってみる。十三歳にしては子どもっぽくて、こんなふうにしているとまだ小学生くらいにしか見えない。やわらかい頬と、色の薄い髪。
利規は背もひくいしからだつきもきゃしゃで、いっしょにいると利洋はいつも落ちつかない気分になる。年子の兄弟なのに三つも四つも離れているように見えるのは、じぶんが生まれるときに利規の分まで栄養をよこどりしてしまったからじゃないか、と思ってしまう。父さんも母さんも大柄なほうで、利洋も同級生より頭半分大きいのに、弟ひとりだけがいつまでたってもちいさい。体力もないし顔色もわるいうえに、食もほそくてよく病気をする。
弟自身はそんなじぶんに不満があるようにも見えなかったし、我が道をゆくというか、どこ吹く風みたいにしているから、そんな気になるのは利洋の考えすぎだと父さんも母さんも笑いとばしてしまう。利洋も、ちょっとまえまではそう思っていた。じぶんが利規のぶんまでとりあげたように感じなきゃいけないことはなにもない、と思っていた。
あの晩までは。
ふぞろいの前髪にかくれたまつげが男にしてはとても長い。それに、とても細い。子どものころはいまよりもっとあざやかな赤っ毛で、そのやわらかい髪は短く切るとふわふわとはねて、かといって長くのばせばひどくもつれて、木登りなんかすれば木の葉や枝にからみついて、むりに引っぱるとぷつぷつととちゅうで切れるほど弱かった。いまでも茶色いけど、あのころにくらべればずいぶんおちついた、と利洋は思う。
子どものころの利規は、そんなふうに髪だけでなくどこもかしこも弱々しかった。歳はひとつしかちがわないのに、だから利洋はいつも弟をとくべつに気にかけていた。
さすがに小学校の四、五年になるころには、利規もあんまりかまわれたがらなくなったから、利洋もすこし距離をおいて弟に対するようになっていった。
いまになってそれを後悔している。いくら後悔してもたりないくらいに、悔やんでいる。じぶんが、いつまでも利規を守ってやらなきゃいけなかった、と。じぶんしか利規を守ってやれる人間はいなかったのに、と。
もう手おくれだとわかっていながら、それでも。
利規のからだはとても細くて、手首なんかは骨が浮いているほどだ。
左目の下の、やっと消えかかっている痣はクラスメートに殴られたあとだと言っていた。意固地なところのある弟は、いじめられっ子というわけではないのだけれど、相手にあわせてやりすごすことをしないから、なにかと因縁をつけられやすいらしい。
もともとよくなかった視力がそれでさらに落ちて、検眼表も見えないくらいに悪くなったけど、それくらいですんだのは運がよかった。もうすこしで目玉に当たるところだった、そうなったら片目が見えなくなったかもしれない、と医者に言われたときに、ぽつりと、そうなればよかったのに、と弟はつぶやいて、利洋をあぜんとさせた。
「だってあいつら、悪魔の目だって言ったからさ。三対一で俺のこと押さえつけてきたんだ。いっそのこと見えなくなってりゃ、あいつらのせいにできた」
利規の言うことはいつも利洋を不安にさせる。
弟の目も、髪の色とおなじでずいぶん色が薄い。これも家族のなかでひとりだけ明るい茶色で、とくに左目は右より色が淡くて、子どものころ近所に住んでいたお婆さんが色のない目は悪魔の目だとかくだらないことを言いふらしたせいで、一部の大人や同じ小学校から上がってきた連中は、いまだに利規の目のことを邪眼だとか悪魔の目だとか言う。でも利洋は弟の目が好きだった。眦のきゅっとあがった猫みたいなかたちが弟の小作りな顔によく似合っていると思っていたし、まつげも目とおなじように淡い色で、弟はなんだかほんとうに猫みたいだった。猫の目が光のかげんでくるくると色をかえるみたいに、弟の目も光があたると金色に見えることがあったけど、邪眼だなんて利洋は思わなかった。父さんも母さんも宝石みたいにきれいな目だと言っていたし、悪魔の目だなんて、家族はだれも考えたこともなかった。
そんなことを考えながらぼうっと利規を見ていると、ふいに、利規のまぶたがぴくんとゆれた。利洋の見ているまえで、まぶたがすっと開いて、明るい色の目が、まるでさっきから顔をのぞきこまれていたのをずっと知っていたというように、利洋をじっと見つめた。
「なに見てたの」
利洋はどきっとして、異常に寝起きのいい弟に、いいわけがましく言った。
「こんなとこで寝こけてると風邪ひくぞ」
「部屋、寒いんだよ」
「ここのがもっと寒いよ」
部屋寒いん
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