その日はやけに風が強かった。朝、いつもより二十分がとこ早く目が覚めたみぎわが、カーテンがわりに窓にたてかけてある画板をのけて外を見やると、すっかりミルクいろ、というより水でちゅうとはんぱにうすめたような乳白色が、裸樹にかぶっていた。お、雪だ、とわくわくする気もちをおもてには出さないようにしていたつもりが、同室の高良真琴(たから まこ)にあっさりと、「みぃぎわ喜び庭かけまわり」と節までつけて歌われてしまったところをみると、まだポーカーフェイスは体得できていないらしい。
雪だけならまだしも――粒のこまかい、ジャケットにあたるときっとぱしぱし音をたてるような粉雪だろうことは見てとれたが――それが風にあおられてミキサーのなかで踊るジュースみたいに、ごくこまかいしろい粒が窓のむこう、ぐるぐる廻ってあたりをすっかり暗くしていたものだから、舎監は眉をよせていた。
休校になるんじゃないのと寮内を、期待をこめたささやきがかわされるのも耳にはいらないで、みぎわはただぼけらっと窓の外、風景全体にぼんやりした白っぽいトーンをうわのせしている雪を見ながら、吹雪ってのは意外にやわらかな雰囲気があるんだな、なんて悠長な感慨にふけっていた。
みぎわは冬が好きだ。大雪も吹雪も、一年の半分ほども冬眠していなけりゃならないような、とあきらめまじりにささやかれるこの土地の気候も、じつのところ、それほど嫌いというわけではない。ただ、土地の人間にしてみれば、まだ受験のときの一度しか地元の冬を経験していないよそものに、あっさりとそんなことを言われたくもないだろうから、あんまりおおっぴらに雪だ雪だとさわがないようにしている、つもりでいる。
目を閉じると風の音が、風が雪をふりまわしてあちこちに投げつけている音が、うおおおん、ぐうううん、と響いてくる。どこかの宗教音楽のように、くりかえされるその旋律ともいえない音の波で感情をゆすぶって、聞いているものをとりこもうとするように、いつまでもいつまでも、くりかえし、くりかえし、耳よりさきに、腹から足もとまで、ゆらしている。
吹雪で遭難するひとの何割かは、寒いとか視界がわるいとか風がつよいとかいうことでなく、この、ぐうううん、という音楽にとりこまれてしまうんじゃないんだろうか、なんて、思う。雪女っていうのは、セイレーンみたいに、吹雪の歌で旅人を惑わせるんじゃないんだろうか、なんて、思う。
うん、とのびをして背骨を鳴らし、真琴と洗面所へむかう。
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